美術史の成立は、学問としての美術史がどのように形成され、発展してきたかを示す重要な過程です。美術史は、視覚芸術の歴史的な変遷を研究する学問であり、時代背景や文化的文脈、技術の発展を通じて芸術作品を理解しようとするものです。その成立には、以下のような歴史的な経緯が関わっています。
1. 古代から中世までの美術の記録
美術史の研究は、古代から中世にかけて、主に宗教的、王権的な目的で美術作品を記録することから始まりました。古代エジプトやメソポタミア、ギリシア、ローマなどでは、建築物や彫刻、絵画が記念碑的に作られ、それらを記録する文献や碑文も残されていました。
中世ヨーロッパでは、修道士や宗教者によって美術が宗教的文脈で記録されました。教会や修道院の装飾、写本の挿絵、フレスコ画などが、宗教的な意味合いを持つものとして保存され、記述されていました。
2. ルネサンス期の研究と美術史の発展
美術史が学問としての形を整え始めたのは、ルネサンス期に入ってからです。この時期、古代ギリシア・ローマの美術や文化が再評価され、知識人や芸術家たちが古典美術の技術や理論を復活させようと試みました。代表的な人物に、以下のような美術史の先駆者がいます。
ジョルジョ・ヴァザーリ (Giorgio Vasari) 16世紀のイタリアの画家であり、建築家でもあるヴァザーリは、美術史学の父と称されることがあります。彼の著作『画家・彫刻家・建築家列伝』(1550年、1568年)は、ルネサンス期の主要な芸術家たちの生涯や作品を記述したもので、初めて芸術家の生涯を体系的に記述した美術史の文献です。ヴァザーリのアプローチは伝記的なもので、芸術家の業績を記録し、その時代の芸術の進化を描写するものでした。
このルネサンス期の美術史研究により、芸術が個々の天才による創造物として認識されるようになり、技術的、スタイル的な進化が追求されました。
3. 18世紀から19世紀の美術史学の発展
18世紀に入り、啓蒙時代の影響で美術史の学問としての基盤がさらに整っていきます。芸術作品がそれぞれの文化的、歴史的背景の中で理解されるべきであるという考え方が普及し、体系的な研究が進展しました。
ヨハン・ヨアヒム・ヴィンケルマン (Johann Joachim Winckelmann) 18世紀のドイツの美術史家であり、考古学者であるヴィンケルマンは、近代美術史の創始者とされています。彼は、ギリシア美術を「高貴な単純と静かな偉大さ」と称し、芸術作品がその時代や文化の産物であると同時に、普遍的な美的価値を持つことを強調しました。彼の研究は、芸術作品を時代ごとに分類し、様式の発展を追跡するという美術史の基本的な手法を確立しました。
19世紀には、フリードリヒ・シュレーゲルやフリードリヒ・ヘーゲルのような哲学者が、美術史を哲学的に捉え、芸術が歴史的に発展するものであるという「進化論的」な見方が強まりました。この時代に、美術史はより学問的、体系的なものとして確立していきました。
4. 20世紀の美術史学の発展
20世紀に入ると、美術史学はさらに多様化し、さまざまな理論的アプローチが生まれました。これには、マルクス主義、精神分析、フェミニズム、ポストコロニアル理論などが含まれます。美術作品が経済的、社会的、心理的、政治的背景とどのように関わっているかを分析する新しい視点が加わり、美術史の研究対象が広がりました。
エルヴィン・パノフスキー (Erwin Panofsky) パノフスキーは、象徴解釈やアイコノロジーの分野で活躍し、美術作品の背後にある象徴的な意味を探る手法を提唱しました。彼のアプローチは、作品の表面的な美的価値だけでなく、その文化的・歴史的背景や精神的な意義を理解することを重視しています。
アビ・ヴァールブルク (Aby Warburg) ヴァールブルクは、文化的背景と芸術表現の関連性を探る独自のアプローチを取り、記号学やイメージ研究の分野での影響を与えました。
5. 現代美術史の展開
現代美術史では、従来の西洋中心的な視点を超えて、グローバルな視野からの美術史研究が行われるようになっています。非西洋の美術や、マイノリティの芸術、さらには現代のメディアアートやデジタルアートなど、新しい表現方法も美術史の対象に含まれています。
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