松本市相手に又『めんどくさいおじさん』をしてふと思い出した。
2004年2月に松本中劇 (中劇、シネサロン) 閉館した。
あの後すぐに松本市長選があって、当時長野県では田中県政で、なんとなく既存の政治家でなく新しい風を求めている雰囲気があった。
当時の現職松本市長は典型的な地方の政治家で、小澤征爾とオペラハウス作る約束(真実はわからないけど定説)して、市内のど真ん中にデカイ箱物作って当時は大ヒンシュク。
開館が近い『まつもと市民芸術館』が選挙の争点となった
本当はただのシネフィルだけど、僕も反対運動に便乗してエリック・ロメ-ルの『木と市長と文化会館/または七つの偶然』をもっともらしく自主上映していて、観た観客が『松本のことみたいだと』感想を話しながら帰っていくのをシメシメと見ていた。
菅谷昭の選挙ブレ-ン側からは、僕に『まつもと市民芸術館』との対局の意味で、
潰れた『松本中劇』で出陣式ができないかと相談もあった。勿論断った。
選挙運動中に菅谷昭に紹介され『大変でしたね(中劇が潰れて)』と言われた。
選挙権の無い村民の僕から見れば大した政策もなかったのに、棚からぼたもちで現市長の菅谷昭が当選した。
閉館した2月以降数か月間、『松本中劇』を何とか街づくりの観点でイノベ-ションとかに、協力してもらえないか運動していた時の菅谷市長の松本市の答えは『一つの商店が潰れたに過ぎない』だった。
来月の選挙で菅谷市長は4期目を目指すそうです。
3期で辞めると言ったのに、やっぱり政治家は一度やると辞められないようですね。
それにしても、この12年間松本市は寂れましたね。
旧市内は大変なことになっていると。人の縁を絶つ政策を実施。
市長さん自身が、市民と細かくかかわり持つことを好きでないようですね。
でも、そういうスタンスを評価している方もいるようで。
いつだったか、さびれた裏町でおじさん二人が『反対運動があったけど、芸術館はできて良かったよ。あれが無かったら長野市との差が大きく開いていた。片倉の後のモ-ルだって反対していても、できたらできたで市民は喜ぶよ』と歩きながら話していた。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます