伝説の唄人 ~アカインコ~

2005年01月06日 | 沖縄 
RIKのKUWAさんが大航海レキオスの演出家、平田大一さんのインタビューをRIKで掲載されていましたっ(^^)!それを見まして、平田さんの想いに心がうごかされました~。やっぱり何かを伝えようとしている人は熱いですね!!

そして同時にこの主人公である『アカインコ』について興味が湧きました。
実際の伝説ではどのような人だったのかと。

というわけで今日はアカインコの話です。

アカインコといっても鳥じゃないっすよ!(爆)

まず結構知られていないアカインコさんのバックグラウンドを紹介。
おしも押されぬ伝説の人、沖縄の楽器「三線」の創始者といわれている方です。
でもその半生はまったくの謎・謎・謎!!

それで色々検索をかけてみましたっ。
するとこんな歌を発見しましたヨ↓


”哥と三線の  むかしはじまりや
 犬子音東の  神の御作”


「歌と三線の昔はじまりは
赤犬子(アカインコ)と音東(ネアガリ)の神のわざである。」

アカインコさんとネアガリさんという方がいて
その二人が歌三線の始祖としてこのオモロに歌われているらしいんです。

オモロで称えられてるぐらいなのでそれはすごいッスよ・・・(^^;

そして皆様アカインコが「赤犬子」という漢字にびっくりしませんでした?

僕はしますた。(笑)

なんでまた三線の神様みたいなのが赤い犬の子なのか???
これは当て字とかなんとか色々な説があるのですが、
とりあえず由来になりそうな伝説がありましたのでピッパリだして来て見ましたよ
(下記)


昔読谷の楚辺にチラ-という美しい娘がおり、
大屋(うふや)のカマーという青年と親しくしていました。
チラ-は赤犬を飼っていて、とってもかわいがっていました。
しばらくしてチラ-はカマ-の子供を身ごもります。
しかしその時にチラ-とカマーの仲をうらやんだ青年にカマーは殺されてしまいました。
悲しみにくれるチラ-、日がたつに連れてだんだんとチラ-のおなかも大きくなっていきました。
しかしさらに追い討ちを受けるように根も葉もない噂が流れます。

「チラ-のおなかには赤犬の子がいる」

そして村にいずらくなったチラ-は津堅島に渡って子供を産みます。
その子は大きくなるとアカインコと呼ばれるようになりました。。。



なんだかのっけからハッピーな話じゃないっすね(^^;

どうせなのでこのままアカインコにまつわる話に展開すると、

大きくなったアカインコは自ら三線を作り、村々を吟遊詩人のごとく渡り歩いていた。その後中国にも渡り、様々な穀物の種を琉球へと持ち帰り、それも広めて歩きました。

きっとアカインコが奏でる三線の音は
琉球の人々に多く受け入れられたのだと思います。

そしてアカインコは予言者だったともいいます。

あるとき瀬良垣という所へやってきたアカインコは

「船が沈む。。」

と予言をして漁師を海へでないよう呼び止めました。
ですが

「そんな事あるわけない」

と予言を信じない漁師たちはそのまま海へと出て行きました。
しばらくして大波が漁師たちを襲い、船は沈んでしまいました。。

その事を聞いた瀬良垣の人たちは

「おまえがあんな事を言うからだ」

と逆ギレしてアカインコを追います。
アカインコは読谷に逃げ、最後に天へと舞い上がって姿を消しましたっ。


天に上っている時点でこれは伝説のお話なのです。

実際に調べられている方の資料によりますと

時代的には第二尚氏王統 尚真王代(15世紀)にオモロ、歌唱の名人として存在していたらしいんです。
そしてアカインコとは別名アカノオエツキとも呼ばれていました。
アカとは読谷の集落名でオエツキとははお祝を付ける人と言う意味だったんですね。

なのでアカインコとはアカという集落の子という意味だという人もいます。
そこらへん、今となっては調べようながいのでむずかしいですね~。

・・・・・

今回この「大航海レキオス」で南海の海を渡り歩いたアカインコ達でしたが
やっぱり見ていておもしろかったですよっ(^^)!

少しでも足しになればいいなぁと記事をアップしますたっ。
是非「大航海レキオス」をお楽しみにっ。


P.S.
ちなみにレキオスとは

LequiosあるいはLequeios.
ポルトガル語で琉球人のこと。友好的で武器を持たず平和を愛する人達とされた。--トメ・ピレス『東方諸国記』(1512~15)
万國津梁の民。優秀な商人であり、中国と日本の狭間で巧みなバランス外交を展開して、東アジア最先端の国際貿易都市国家として繁栄を謳歌した。   ・・・はてなダイアリーより


との事です。僕も最近知りました(笑)。




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