イルカの散歩道

野菜食いの相方と二人暮らし。現在は広島県三次市に生息中。
「住めば都」なイルカの毎日です♪

土産はお酒のみ

2015年09月21日 | Weblog
栗も枝豆も触手がのびませんね(笑)

* * * * * 追 記 * * * * *


朝食にコンビニ飯を食べたこの日は、篠山市内観光です!!

まずはホテル近くの篠山城跡から。

残念ながら篠山城は明治維新後に取り壊されて大書院しか残っていません。

その篠山城大書院で4館共通入館券(大人600円・2日間有効)を買いました。
武家屋敷安間家史料館・篠山城大書院・歴史美術館・青山歴史村が各館入館料300円なので、最低2館で元が取れると云う計算(^m^)結局全館回ったけどね

話は戻って、篠山城は関ケ原の合戦に勝利した徳川家康が、豊臣氏の居城である大阪城の包囲と、豊臣家ゆかりの西日本の諸大名を抑える拠点として築かれた城…と云う件で、戦国時代に興味のあるてるてる坊主さんが喰らいつきましたw

本丸には小さな青山神社がありました。天守閣は家康の命令で築かれてないんだって。

城跡の裏側に当たる埋門(非常時には埋めて遮断することになる門)を抜けて次の目的地へ行こうとしたら、図らずも譜代総奉行 池田輝政の刻印を発見。
石垣は自然石をあまり加工しないで積む「野面積み」と隅石は「算木積み」の工法を用いているんだって。

篠山城の西側に位置する武家屋敷安間家史料館。

篠山藩の標準的な徒士住宅だそうです。


展示品の中にあった丹波市稲畑で作られている稲畑人形。

どことなく三次人形に似てますね。

御徒士町武家屋敷群の中を歩いたのですが

通りに水路があるんですよね。知覧の武家屋敷かどこかでも道の真ん中に水路があったような…。

3館目は青山歴史村。

篠山藩最後の城主となった青山家。その青山家の明治時代の別邸(桂園舎)を一般公開したものです。

土蔵に展示されている数多くの漢学書の版木が、藩士の教育に熱心だったことを物語っています。
そうそう東京にある青山と云う地名もこの大名の名前が由来なんだとか。

11時半と、日本人的にはちょっと早いですがここで昼ご飯♪

観光客でにぎわう大通りにある季節料理 大手新丁で

てるてる坊主さんは牛とろ丼定食、イルカは理由は忘れたけど(汗)うどんが食べたくて鍋焼きうどん定食にしました。

のその前に、せっかくの歩きなんだからと生ビールと丹波の黒豆の枝豆(^^)ホントに黒い

近くのプラプラっと春日神社にお参りして

奈良の春日神社の分院なんだって。

共通入館券最後の歴史資料館へ。

ここで4館すべて回ったのでおめでとう!!スタンプを押してもらいました。

明治時代に篠山地方裁判所として建てられた日本で最も古い木造の裁判所。なので

裁判室があります。裁判官の服や帽子もあるので、ちょっとした裁判ごっこができます。

傍聴人席の左側のドアの外はこんな感じ。このころからバリアフリーだったとしたらすばらしいですよね。


ほろ酔い城下蔵に立ち寄ったりして

ポテポテと歩き

河原町妻入商家群へ。

この辺りは商家フェチではないのでざっと流すカンジで(爆)

いよいよ最後の丹波杜氏酒造記念館へ。

農民は冬の農閑期には徒歩で1日の池田や伊丹、灘へ酒造出稼ぎに向かい収入を得ていたようです。それが南部(岩手県)、越後(新潟県)と並ぶ三大杜氏の「丹波杜氏」の誕生になったとか。
張家港のMINORIでよく飲んでいた辛丹波を思い出しました。

これで市内観光は終わり(^^)と云うことで大正ロマン館へ行って日本酒&ワインの土産を買ったと云うわけです。

この日も大勢の客が来ていたこんだ薬師温泉 ぬくもりの郷へ。

風呂自体はよかったので「今度は客が少ないときに来たいわ~」とてるてる坊主さん。確かにそうですね。

篠山市内へ戻って居酒屋を探すもないんですわ。
ボタン鍋はあまり興味がわかないとか、定食だと米飯でお腹いっぱいになるから嫌だとかで、BABY FACE PLANET'Sで妥協。

イルカは生春巻きと豚肉のしょうが焼き

てるてる坊主さんはオムライス

を注文。結局2人してつまむんだけどね。

飲み物はイルカが生ビール2杯、てるてる坊主さんが生ビールにワインを1杯。
なんか無国籍料理になっちゃいましたが、ごちそうさまでした(^人^)

この日もホテルに帰ってコンビニ調達のおやつをいただいて就寝しました。

----2015年11月21日記載----

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