桐野夏生,2016,猿の見る夢,講談社.(2.26.25)
定年前の果てなき足掻きと優越。終わらない男たちの姿を、現代社会を活写し続ける著者が峻烈な筆で描き切る! 「週刊現代」人気連載。これまでで一番愛おしい男を描いた――桐野夏生
自分はかなりのクラスに属する人間だ。
大手一流銀行の出身、出向先では常務の席も見えてきた。実家には二百坪のお屋敷があり、十年来の愛人もいる。
そんな俺の人生の歪(ひず)みは、社長のセクハラ問題と、あの女の出現から始まった――。
還暦、定年、老後――終わらない男”の姿を、現代社会を活写し続ける著者が衝撃的に描き切る!
週刊現代読者の圧倒的支持を得た人気連載が、ついに書籍化!
薄井正明、59歳。元大手銀行勤務で、出向先ではプチ・エリート生活を謳歌している。近く都内に二世帯住宅を建築予定で、十年来の愛人・美優樹との関係も良好。一方、最近は会長秘書の朝川真奈のことが気になって仕方ない。目下の悩みは社内での生き残りだが、そんな時、会長から社長のセクハラ問題を相談される。どちらにつくか、ここが人生の分かれ道―。帰宅した薄井を待っていたのは、妻が呼び寄せたという謎の占い師・長峰。この女が指し示すのは栄達の道か、それとも破滅の一歩か…
クズの男を描かさせれば、桐野さんの右に出るものはいないな。
金銭欲、権力欲、性欲──これらの奴隷となり、卑しくさもしい心性をさらけ出す初老の男、薄井。
俗物の権化を絵に描いたような、醜悪きわまりないこうした人物には、嫌悪をとおりこして哄笑さえおぼえる。
そんなわたしの周りにも、小薄井がちらほら、いる。
もっとも、金銭、権力、性愛に生涯一度も囚われたことがない人はいないかもしれない。
しかし、真っ当な人間であれば、おのれの醜悪さにげんなりし、執着を断つことだろう。
本作でも桐野さんのストーリーテリングの力がいかんなく発揮されており、一気読み必至の佳作となっている。