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本と音楽とねこと

比較ジェンダー論-ジェンダー学への多角的アプローチ

保坂恵美子(編),2005,『比較ジェンダー論-ジェンダー学への多角的アプローチ』,ミネルヴァ書房(¥3,150)'06.1.2・・・
 本書は、久留米大学大学院比較文化研究科に「ジェンダー学文化コース」が新設されたのを機に発足した研究会の活動から生まれたものである。このことを、編著者による「あとがき」の最後の部分で読んで知るまで、わたしには、本書の意図あるいは成立事情がまるでわからなかった。本書が、「比較ジェンダー」学のスタンスを一貫して踏襲しているかはともかく、久留米大学のスタッフらによる「ジェンダー学への多角的アプローチ」が総覧できる内容となっている。
 本書の構成は、以下のとおりである。
序 現代社会とジェンダー問題(保坂恵美子)
第1部 社会からみたジェンダー
第1章 少子高齢社会からみたジェンダー(保坂恵美子)
第2章 ジェンダーと子育て(佐々木美智子)
第3章 男性学のゆくえ(多賀太)
第2部 法からみたジェンダー
第4章 法律学とジェンダー(松嶋道夫)
第5章 家族法とジェンダー(松嶋道夫)
第6章 離婚紛争とジェンダー(小谷朋弘)
第3部 経済からみたジェンダー
第7章 ジェンダーと経済学の限界(大矢野栄次)
第8章 賃労働・家事労働とジェンダー(松尾匡)
第4部 歴史・文化からみたジェンダー
第9章 バングラデシュ農村部におけるジェンダー意識の変容(日下部達哉)
第10章 イスラームにおける女性の地位(古賀幸久)
第11章 歴史のなかのジェンダー(富永桂子)
あとがき(保坂恵美子)
 編著者の保坂は、序「現代社会とジェンダー問題」と第1章「少子高齢社会からみたジェンダー」において、ジェンダー間格差が、少子高齢化、人口量の南北問題、「貧困の女性化」、社会保障制度の危機等の問題を生み出す一因となっていることを指摘し、それを受け、佐々木は、第2章「ジェンダーと子育て」にて、瀬地山角とエスピン-アンデルセンの学説に依拠しつつ、労働力の再生産過程としての子育て、その費用負担のあり方について国際比較を試み、日本社会における少子化の背景要因として、女性の仕事と子育との両立に寄与する社会資源がきわめて乏しいことを指摘する。第3章「男性学のゆくえ」では、「女性学」の洗礼を受けて誕生した「男性学」の系譜と可能性が論じられる。第4章「法律学とジェンダー」、第5章「家族法とジェンダー」の両章では、さまざまな性差別事象についての法律学上の見解が羅列的に紹介されている。第6章「離婚紛争とジェンダー」では、離婚紛争過程での司法のジェンダー・バイアスについて検討される。第7章「ジェンダーと経済学の限界」では、生物学的性差により決定される社会経済的性差を所与のものとして、女性的活動と男性的活動とのさまざまな評価曲線が列挙される。第8章「賃労働・家事労働とジェンダー」では、性別役割分業の成立と解体、各々についての合理的根拠がゲーム理論を駆使したユニークな分析によって明示され、「男女共同参画」政策が、少子化にともなう労働力調達の危機に直面する総資本のためにこそ要請されていることが示唆される。第9章「バングラデシュ農村部におけるジェンダー意識の変容」においては、当地における女性の人間開発(教育と就業)の現状が紹介され、第10章「イスラームにおける女性の地位」では、イスラーム世界において、コーランの教えが、その解釈の違いにより、女性の人権の擁護とその蹂躙との両方向に作用している現状が指摘されている。第11章「歴史のなかのジェンダー」では、ロシア社会において、政治変動とともにフェミニズムが翻弄されてきた歴史が紹介される。
 こうして通覧してみると、久留米大学のジェンダー学、そのあまりのテーマの拡散ぶりには、わたしなど、めまいさえ感じてしまうほどである。それだけジェンダー学が取り組むべき問題・領域群が広大であることの証左ともいえようが、本書の主題である「比較ジェンダー論」の視点だけは忘却しないようにしたいものである。残念ながら、本書において比較社会学的な視点が一貫して通底しているとはいいがたい。ジェンダーとは、比較のうえにはじめて現れ出る相対的概念にほかならない。このことをふまえて、時間、場所・構造を異にする諸社会におけるジェンダーの意味体系やジェンダー間格差をたえず比較していく視座を貫いていくことで、ジェンダー学ははじめて実りある成果を生み出していくことができるだろう。わたしは、そうした比較ジェンダー論の可能性を、本書の一部の章でたしかに感得した。
※本稿は、『社会分析』第33号(日本社会分析学会)に掲載予定のものです。

 漏れ的には、第8章「賃労働・家事労働とジェンダー」(松尾匡)が面白かったな。役割分業のパターンについてゲーム理論で思考実験してるんだけど、荒削りではあるものの、労働の質の転換についての的確な認識にもとづく骨太の論考は刺激的であったな。


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コメント一覧

わお
 第8章「賃労働・家事労働とジェンダー」は、とても面白かったですよ。次作も期待してます。

 この章のおかげで、本書はうんこ本のそしりを免れているようなものです。w

「序、1、3、4、5、7、10章は糞。」の部分は、ここだけ(どこだけじゃ?)の話しにしてください。ますます学会大会に行きにくくなります。

_| ̄|○
松尾匡
リンクしました
過分なご評価いただきまして、本当にありがとうございます。拙サイト自著紹介のページでこのページをリンクさせていただきました。ご了解くだされば幸いです。

http://www.std.mii.kurume-u.ac.jp/~tadasu/chosho.html#gen
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