水俣病患者に対し、「悶えてなりとも加勢(かせ)せんば」と思い、寄り添い続けた石牟礼道子さん。その豊饒な精神世界を、江戸の文化に精通した田中優子さんが読み解く。
田中さんが共感する石牟礼さんの精神世界は、生きとし生けるものすべて、そして死者とも共生するアニマの所産であった。イヌやネコだけでなく、カブトムシやクワガタ、ミミズやオケラと触れ合い、会話していた、そして死者の気配を身近に感じていた子ども時代の自分を懐かしく思い起こした。石牟礼さんは、そうした感性を大人になってももち続けた、稀有の才人であった。
『春の城』で描かれた、「島原の乱」で「原城址」に天草四郎時貞とともにたてこもり、幕府軍に虐殺された37,000の人びとと、水俣病で悶え死んでいった人々とが、石牟礼さんの精神世界では、時空を超えて、ひとつとなる。その世界の豊饒さを、正確に読み解いたもう一人の才人、田中優子さんは、さすがというほかない。
水俣病犠牲者たちの苦悶、心象風景と医療カルテなどの記録を織りなして描いた、石牟礼道子の『苦海浄土 わが水俣病』は類例のない作品として、かつて日本社会に深い衝撃を与えた。だが、『苦海浄土』をはじめとする石牟礼文学の本質は告発だけではない。そこには江戸以前に連なる豊饒な世界と、近代から現代に至る文明の病をも射程に入れた世界が広がる。経済原理優先で犠牲を無視し、人間と郷土を踏みにじる公害、災害。それは国策に伴い繰り返される悲劇である。新型コロナウイルスの蔓延が社会状況を悪化させる中、石牟礼本人との対談、考察を通し世界的文学者の思想に迫る、評伝的文明批評。今は亡き文学者に著者は問い、考える。「石牟礼道子ならどう書いたであろう」と。
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