Entrance for Studies in Finance

鴻海の連続自殺とホンダでの賃上げスト(2010年5月)

 中国は世界の工場といわれて久しいが、その工場労働者の低賃金 過酷な労働 孤独な生活などが問題にされている。ここで取り上げた台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の中国子会社工場(深曙V市の経済特区外)で従業員が連続自殺事件、ホンダの中国部品工場(広東省仏山市 5月17日)でスト事件のあとも、トヨタ系豊田合成の天津星光橡塑(天津市 6月17日)、天津豊田合成(天津市 6月17日)、日本プラストの中国工場(広東省中山市 6月18日)とスト発生が中国各地で伝えられた。
 農村の過剰労働力(出稼ぎ労働者 農民工)に依存して中国を「世界の工場」に仕立てたモデルが、中国農村部の過剰労働力の枯渇により限界にきているとの指摘はすくなくない(Arthur Lewis 1915-1991のLewisian turning pointルイスの転換点を超えたとの議論である)。人民元の切り上げ問題もあり、すでに多くの先進国企業が、生産拠点の中国への過度の依存の修正を始めている。
まず部品メーカでなぜストが多発するか。これは単独出資で組合が名ばかりでそもそも賃金水準が低い。経営が現地化されていない(中国人幹部の登用が少ない。中国人ホワイトカラーの勤務意欲低い。中国人従業員の把握ができずストを未然に防げない)。完成車工場では合弁相手の中国企業が前面にでて穏便に解決しているという。いずれにせよストの発生やその長期化は、賃金がそもそも低いことと現地従業員との対話の不足を示している。猛省が必要ではないだろうか。
ところでこのようなストで興味深いのは、部品工場でのストであったにも関わらず、完成車組み立て工場がほどなく生産停止になったことである(トヨタの工場停止は6月18日。再開は週明けの6月21日になった)。これは部品の調達がjust in time方式で効率化されていることを示している。余分な在庫を抱えないというのは、部品の供給停止にこのシステムが脆弱なことを示す。日本国内で災害や事故で生産が停止したときにも議論されるように、効率性と災害や事故発生時にも生産を継続できる備えが中国でも忘れられているようだ。この点も反省が必要だ。

 なお労働者の賃金引き上げ要求の背景には、消費者物価の上昇と都市住民との賃金格差への不満があると考えられる(2010年3月末に公表した調査で中国人民銀行も最低限の生活維持には月額1600元必要としている)が、しかし工場労働者の賃上げがさらなる物価上昇につながる恐れはある。すでに不動産や農産品が投機的に値上がりする現象も報告されている。

台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の中国子会社工場で従業員が連続自殺
賃金引き上げ実施を公表(2010年6月2日) 基本給月1200元へ
 鴻海(ホンハイ)精密工業Hon Hai Precision Industry 董事長は郭台銘。EMS(電子製品の生産受託で世界最大手 中国で電子製品を組み立て米国に輸出するビジネスモデルは同社が確立したもの)米アップル、HPやソニーのコンピューター製品を受託。この問題は処理を間違えるとアップルやソニーなどにも波及する可能性がある。放置すれば企業イメージ、商品イメージの低下。しかし賃金や環境の改善は生産コストの上昇となる。
EMSというビジネスモデルの基礎に低賃金がある。しかしそれだけでなく多数の若者を自殺に追い込むような状況があるのではないか。
 問題の子会社名は富士康科技(Foxconnフォックスコン 香港上場)。生産拠点の広東省深曙V市で約45万人。中国全土で80万人超の従業員を擁する。
 問題の工場は深曙V市の経済特区外にある。基本給は法定最低賃金と同じ900元だとされた。この低さも話題になった。
 そもそも法定最低賃金は場所によって違う。上海市では月960元、広東省東莞市では月770元。また次第に引き上げられている。深曙V市でも高い工場ではすでに月2000元を出している。中国都市部では、物価の上昇で最低生活を維持するにも月1600元程度はすでに必要とされ(管理職を含む)平均賃金水準は2010年現在で月2500元程度にまで上昇している。
 労働者の多くは出稼ぎ工である農民工で、都市部との農村部にある大きな賃金格差が、法定最低賃金といった低賃金が成立する背景。しかし最近では労働者の獲得競争が激しくなり、賃金が上昇を始め別の働き場所を見つけた労働者が休み明けに工場に戻らないとされる。定着率・充足率の低さは工場側でも悩みの種になっている。
 問題の連続自殺2010年は5月10日までに6人(飛び降り自殺でこのほか重傷者が2名)。その後も続き5月26日までに2010年に入ってからの自殺者は11人となった(AFP BB News May 27, 2010)(なお別の資料では5月26日までに飛び降り自殺を試みたものが11名。うち9人が死亡とのこと)。
この自殺の原因については諸説があるが以下の台湾?の報道は、工場内の仕事のストレスに中国の農村部から出てきた若者が耐えられない、としている。youtube April 13, 2010。これに対して新唐人ニュース 2010年5月28日は自殺者の性別、年齢などが示したうえで労働環境の問題よりは自殺の連鎖の可能性を示唆している。
 同社は5月28日に基本給を近く1100元に引き上げるとした。さらに6月2日には基本給を1200元に引き上げ、6月1日から実施と公表した。中国全土で30%以上の引き上げを実施したとのこと。基本給の引き上げで定着率を改善すれば、訓練コストを削減できるとされる。
 この事件は、途上国の低賃金を利用して先端の電子製品を安価に作るというビジネスモデルに限界がきてることを示しているのかもしれない。
しかし原因が工場内のストレスなら賃上げでは問題は解決しない。また賃上げ自体もなお不十分で2000元までの引き上げが必要との指摘がある。2000元という数値は下記のホンダでもでてくる。IT Media News, June 3, 2010
 6月8日、鴻海(ホンハイ)精密工業は問題の工場の賃金を、同社が定める基準(3ケ月間の労働状況調査)に合格した従業員については、基本給を67%引き上げ約2000元にすることを発表した(7月1日以降 詳細発表予定。)  

ホンダの中国部品工場でスト発生(2010年5月17日) 中国内工場続々稼働停止
賃金引上げ案を公表(2010年5月31日) 月1910元へ
 たまたまであるが、同じ時期に今度はホンダの仏山市(広東省)の工場で賃上げを求めるストが発生した(5月17日)。その結果、ストが起きていない完成車の工場が5月24日以降、続々と稼働停止に追い込まれた。
 ホンダ側は一定の引き上げで譲歩した。しかし今後も賃上げをめぐるトラブルは続きそうだ。またこのホンダの例はたとえ自社でストが起きていなくても、取引関係があると問題が波及することを示している。
 なお仏山市では直前の4月8日に法定最低賃金が770元から920元に引き上げられていた。支援に入る日本人従業員の給与が、若い現場労働者で5万元。管理職では10万元に達するといった情報も、中国人従業員の不満を高めているようだ。中国通信社 2010年5月21日
 以下のニュース(apple daily com HK)によればストに入った労働者は月2000-2500元への引き上げを要求した。これに対して工場側は実習生にストへの不参加の誓約書提出を求める一方、賃金引き上げを提示したようだ。Youtube May 28, 2010

5月17日 仏山市の本田汽車零部件製造公司の工場(変速機を製造)でストライキ発生 平均で月1500元(諸手当込み)の賃金を完成車工場並みの月2000-2500元への引き上げ求めたとされる(現在の中国では最低限の生活で月1600元必要とされる)
5月24日 労使協議始まる
5月24日夜 広州市の増城工場 黄埔工場 稼働停止
5月26日朝 広州市の輸出専用工場稼働停止
5月26日  ホンダ 中国工場稼働停止を公表
5月26日 現地政府仲介で再度協議
5月26日夜 武漢工場(湖北省)稼働停止
5月27日 ホンダ 完成車工場の週内稼働停止を決定
5月28日 ホンダ 完成車工場を5月31日から停止決める(24日から休止状態) 国外からの調達も検討
5月31日 本田汽車零部件製造公司(広東省 仏山市)ストライキでライン止まる⇒広州市 武漢市の完成車工場も操業停止 ホンダは月額1544元(諸手当込)を1910元に引き上げる案提示(24%引き上げ)を公表 事態の収拾はかる 労働者の大半は合意
6月1日 ホンダ 工場再開予定を公表 変則機工場(6月2日) 完成車工場(6月4日)
6月3日 2日―3日部品工場は通常稼働 賃金交渉なお継続
6月4日 ホンダは賃金交渉が妥結し、ストが終了していることを明らかにした。
6月7日 仏山市の豊富汽配有限公司(本田の系列企業であるユタカ技研系)で賃上げを求めるスト発生。広州市のホンダの完成車主力工場は6月9日から操業停止を決めた。増城工場 黄埔工場 稼働停止。

その後の報道(日本経済新聞2010年12月15日)によると、中国進出の日本企業に対するアンケートでは、2010年夏以降賃上げを求めるストライキに直接あるいは間接に見舞われた企業が2割とされ、6割近くの企業が5%以上のまた4割近くの企業が10%以上の賃上げを実施した。しかし中国以外への生産の移管を考える企業は少ない。中国国内向け販売比率が半分以上という企業が7割を超えており、中国市場が拡大する限り、中国からの撤退は考えにくいということであろう。

参照
黒政典善「世界の工場に異変 賃上げ圧力で内陸シフト加速」『エコノミスト』2010年7月13日, pp.38-40

東アジア論 現代の証券市場 証券市場論 開講にあたって 企業戦略例 経営学 現代の金融システム

コメントを投稿するにはgooブログのログインが必要です。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「Area Studies」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
2024年
2023年
人気記事