
Baba Nyonya Heritage Museum ババ・ニョニャ民族博物館
1897年 華僑の豪商によって建てられた豪邸が、
博物館として保存されています。


当時 (主に19世紀頃から)、
中国からマレー半島へと新天地を求めてやってきた中国人男性が、
マレー人女性と結婚して混合文化をつくりだしました。

混血として生まれた人たちはペラナカンと呼ばれ、
男性はババ、女性はニョニャと呼ばれました。

主に西洋との貿易商として財産を築いたペラナカンたち ・・
彼らは、出身地である中国 (主に福建省) の言葉と、
マレー語、英語をミックスした
「ババ・マレー」という独特の言葉を話しました。


家を飾る家具も特徴的です。
紫檀のような堅い木材に
真珠貝を埋め込んだ中国風の装飾家具 ・・
また、あるものは英国ヴィクトリア様式といった風に、
新たな文化
Peranakan Culture ペラナカン文化を生み出しました。



建物の間口から想像するよりもずっと奥に長く続く間取り ・・
かつては、建物の間口の広さで
納める税額が決まっていたことに対抗する節税の知恵でした。
どこか京都の町家にも通じる文化ですね。

ペラナカンは、輪廻転生を信じる仏教徒であり、
先祖崇拝や道教の教えも受け入れて、
この地に適合していきました。
マレーシアもまた多民族国家であり、
マラッカは、その発祥の代表的な場所のひとつです。
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