レッスン日記81 意思表示

2017-09-15 07:29:43 | レッスン
レッスンだった。
今回は曲から。ブルッフ3楽章。

私なりに詰めて練習してきたが、「なんだかね~」って感じで、
どうせレッスンでもグチャグチャになって、敗北感に打ちひし
がれるのだろうと思っていた。
ネガティヴすぎ。

とにかく通して聞いていただく。
先生の前に立ったら、ある程度開き直れたので、まずは脱力を
念頭において弾き始める。

弾けないところは弾けない。これはもう仕方ない。
・・・堂々と仕方ないって言っちゃっていいのかわからんけど。

だけど、トータルしてみると思っていたよりずっと良く弾けた。
ちゃんと1つの曲として流れを作れたのではないか。

先生も、
「ずいぶん弾けるようになりましたね~」
と言ってくださった。

で、いつものようにそこから膨大なご指導をいただく。

要するに、ボウイングと音程だよね。
ボウイングは指弓を使ってもっと自在に操るようなイメージ。
音程の改善は永遠の課題だ。

ひととおりご指示をいただいた後、先生はこの曲を継続するか
新しい曲に進むか少し迷われた。
どちらかというと、もう少し詰めて、テンポアップと細かい
ブラッシュアップをした方が、というような雰囲気。

私は、本当にもう結構マジで、ミシミシ弾いて臨んだレッスン
だったので(私なりにね)、すかさず、もう終わりたい旨の
意思表示をした。

先生は、それでもいいですよ、と受け入れてくださった。
「ずいぶん弾けるようになりましたしね…」
と、言ってくださった中に思うところは多々おありだったと
思う。
ここからのもうひと頑張りがないんだな、みたいなね。

だけど、私、もうなんだか疲れてしまったのよ。
これが本音の本音。

というわけで、次の曲へ進むことに。

次の曲はエチュードの先行きと合わせて少し前から考えていて、
そこらへんを先生と相談。
これについては、また次に書こうと思う。

とにかくこれでブルッフ3楽章は一区切り。
いや、本当に苦戦した。
今まで弾いた曲で一番だったかも。
ふう~。次の曲は少し落ち着いてじっくりやろう。

とりとめのない話13

2017-09-12 08:22:04 | 音楽
そろそろブルッフ3楽章を終わりたい気持ちが強く、娘の学校が
始まってから1週間ほど根を詰めて練習した。
そしたら7日目に弾くのがすご~く嫌になってしまった。
弾き過ぎというより、練習してもしても弾けないことに対する憤り。

いつものことだけど、確かに良くなった部分はあるのだよ。
だけど、ダメなところはどうやったってダメ!!
どうやったって、ダメ!!
楽器を持ったまま茫然と立ち尽くす。

もっと、もっと、もっと、もっと、練習すれば、ってこと?
なんだかそういう問題でもないような気がしたり。
本当にどうしたらいいのか、グルグルよね。
とりあえず、私なりに根を詰めて練習したことは確かなので。
その産物を持ってレッスンに行ってみることにする。
それしか仕様がない


以前書いた、脚が取れてボロボロになった消音器をようやく買い
替えた。
新しいものは駒にちゃんと挟まり、ズレてこないので快適。
造形的にもずいぶんスマートになったなあ。
20年以上たって開発が進んだのだろうか。
しかし、早いところ買い替えればよかった。
なんだか楽器に申し訳なかったな、と相当反省している。

↑ 新旧で。改めて並べてみるとボロボロすぎ。恥。


敬愛するブログで、アサガオの押し花を作ったという記事を読み、
風流だわ~と思って娘と挑戦。
↓ 5日間ほど押してみた。

私は、こういう繊細で素敵な素養が全くないので、果たしてこれが
成功なのか失敗なのかわからず。
一応、押し花は押し花か・・・?
まあ、一つの経験ということで。うんうん。
娘はこれをハガキに貼って、おばあちゃんに手紙を出すとのこと。
アサガオの鉢は、この花を最後に学校へお戻し。
枯らさずに戻せてホッとした。

娘爆発

2017-09-08 08:50:24 | 
娘が練習中に爆発。
セブシックのややこしい指のところが弾けなくて、フンガーッ!
と怒り狂って練習室から出て行ってしまった。
お母さんなんて大っ嫌い、と別室から聞こえる。
私が怒る前に娘が爆発したので、とばっちりだ。

新学期が始まって環境の変化に慣れず、疲れているのだろう。
学校での話を聞くと、休み時間の鬼ごっこがハード過ぎるのでは
と思うが。

とりあえず娘は放置しておいた。
しばらくしたら戻ってきたので、抱きしめて私の考えを話す。

できないから練習する。
始めからできるなら練習する必要がない。
人は楽しいことばかりしているわけにはいかない。
難しいことをするから力になる。
どうしたらできるようになるか、やり方を考えよう。

ずっと娘の成長過程を見てきたが。
これまでほとんどは、生きるために必要なことを習得して
きたわけである。
話すとか歩くとか食べるとか。
それが成長するってことだった。
これら、ちょっとしたことができるようになるたびに私は
娘を褒め、喜んだ。

それが、だんだん「生きるため」だけでいえば必要ないことを
学び始めて。
褒められるばかりではないし、面倒なこと難しいことも多々ある。

今、娘にとってはバイオリンがその筆頭。

だけど、だからこそバイオリンを続けることが大事だと思う。
プロを目指すわけではない習い事として、音楽を奏でるだけでなく、
できるようになるまでの過程を経験することが、娘の将来にいかに
糧になるだろうかと。

なんていうか、簡単に言うと精神修行よね。
(いや、そんなに厳しくやってるわけじゃないよ。念の為)
もしかしたら、一番成長したのは私の忍耐力かもしれないが。

とはいえ、バイオリンを始めた頃に比べたらものすごい勢いで
上達しているわけだし。
今取り掛かっているビブラートもイイ感じになってきており。
諸々ありつつ、母娘で頑張っていこう、と思う次第である。

・・・などと、マジメなことを書いた後だが。

いよいよドラクエを始めた。
この世界観、音楽。
いや~、やっぱりイイ。
今のところちゃんとバイオリンの時間を削らずにやっている。
だから全然進まない。
こちらもボチボチ頑張っていきたいところ。

エチュードの話

2017-09-04 08:53:59 | 音楽
ローデが最後の24番まできた。
先生からは、ローデが終わったらドントをしましょうか、と
いうようなお話が。

ある段階から、ローデが自分にとって急激に難く感じており、
果たしてこのまま進んでいいものか、と考えてきた。
なので先生にも、このまま進んでいいのでしょうか、みたいな
ことを伺った。
ローデの最後の方があまりにも難儀に感じたことを正直に。

それで先生から、

・ドントに進む
・ローデの弾いていない曲をする
・クロイツェルに戻る
・バッハの無伴奏をエチュードの代替にする

という選択肢をいただいた。

それぞれについて簡単に言えば、
ドントのような難しいものをした方が技術的には進歩する。
ローデ、クロイツェルに戻るのであれば完璧に弾くことを目指す。
バッハは重音の勉強になる。
といったところ。

バッハ好きの私としては、やはりバッハに飛びつきたくなる。
難易度や重音云々はおいておいて、単純に好きか嫌いかって
だけで飛びつく。
だからほとんど、バッハに突撃!と決めかけた。

でも、なんだかやっぱり。
ドントをした方がいいのではないか、と。
バッハは、エチュードをやりながら曲として弾いてもいいんだし。
どちらにしても、続けていればドントはいずれ弾くことになるの
だろうし。
……そうすると、いつまでこんな感じでバイオリンを続けるのか、
って考えちゃうわけだが、そこは掘り下げない。

とにかく頑張って行けるところまで行ってみよう、みたいな。
私の場合、技術的なことは1歳でも若いうちにやったほうがいい
ような気がするんだな。

おそらく、この先どんなに練習してもパガニーニは無理だろうから。
いずれクロイツェル等に戻るにしても、まずは前進できるだけして
みようと思う。

まあ、まだローデ24番に取り掛かってもいないから、そのうち
気持ちが変わるかもしれないけど。今はそんな感じ。
まずはローデを最後までやり切ろう。