人生のプロムナード・徒然なる日々を語る。

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願い!!!

2017-08-20 00:30:24 | 思いつくままに書き描く
 高齢になればなるほど、心は小さくなり己の体中心に朝夕手を合わせるものなのだ。南無―どうか今日一日無事で元気に暮らせますように!そして合掌仏壇には花が生けられお菓子類も備えられている。毎日のお教と合掌は無念の祈りではない、己と家族のことを第1義に祈ってしまう。

 天外ひとりになってしまったような6歳の幼児の心は毎日出勤する母(三井三池製作所勤務)休日を除いて共有できる時間は夕刻から朝まで、少しでもカーちゃんに褒めてもらおうと掃除を懸命に頑張った。牢かはぴかぴかだった。土釜で一生懸命にご飯も炊き上げた。1年坊主ば共同水道場で大人と一緒に洗い物をする。みんなが応援してくれた。

1941年12月8日、日本のハワイ真珠湾攻撃によって、第二次世会大戦が開戦した。私が6歳になったばかりであった。日本軍は戦争初期は優勢であったがもう1年後42年後半から連合軍が反攻に転じ、あとは防戦一方となていくのである。雨あられの本土空襲そして原爆投下(広島、長崎)

忘れてはならならない、何百万の人びとが国内で、そして遠い他国の空の下で亡くなり遺骨もまともに帰還してないのだ。8月17日テレビで放映されたビルマ(現ミャンマー)でのインパール作戦
必要のない作戦で何万と云う軍人がジャングルで山野で食糧難で死に行く姿は画像よりひしひしと伝わり司令官の言辞兵士を死に至らしめた。絶体に許せない。私の叔父もこの作戦で死去遺骨はもとより戻ってはいない。

82歳の爺ーは叫ぶ¡!お願い!!!!いかなる戦争も絶体おこすな¡今の憲法が70数年の平和を守らせている。戦争を起こしやすい法案には反対する。