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ハチの家文学館

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投函を躊躇った一通の手紙

2013年08月10日 03時31分20秒 | ハチパパのひとり言

納戸に仕舞い込んでいた古い段ボール箱の整理をしていく中で、昭和40年代の古い手紙やハガキの束が出てきた。当時郷里浜松で一人暮らしをしていた母の手紙が最も多かったが、その中に投函を躊躇って、出されないままの一通の手紙があった。

若くしてガンで亡くなった職場同僚女性のお父さんに宛てたもので、便箋8枚に万年筆で丁寧に書いたものである。発信日は昭和47年10月5日、妻をガンで失った4ヶ月後の日付で、投函しなかった理由はすぐに思い出した。その3年前22才で逝った彼女のお父さんと、家族を失った悲しみを共有できると思って書いてはみたが、却って悲しみを彷彿させるのではと躊躇ったためである。また、長々と自分の心情を書きすぎたことも反省してのことだった。

彼女と妻と私は、東京自由が丘の銀行支店に同僚として働いていた間柄で、彼女も妻も同じ御殿場の富士霊園に眠っている。40数年も前のことであるが、悲嘆に暮れた当時の心情は、今でも忘れることはない。自分が書いた手紙であり、名前などを一部変えて、私の人生の軌跡として敢えて投稿した。

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拝啓 初めてお便りいたします。                                                                                   十月になって、冷気日毎に高まり、秋色日ごとにひしひしと感じられる季節です。

S子さんが亡くなられて、早や三年の歳月が過ぎ去りました。私、妻と自由が丘支店勤務時には、S子さんと同じ係で楽しく仕事をさせていただきました。その時のS子さんが突然亡くなられて、私も妻もびっくりしたものです。そのあと私ども二度ほど墓参りもさせていただきました。

S子さんは、ご自分の青春をどう感じて天に召されたことでしょうか、女性として恋をし、人を愛し、そして結婚して子供を産み、母として妻として生きる、このようなごく当たり前のような生き方もできなかったS子さんは、どんなにか辛かったろうと、心から同情いたしました。

実は、私の妻も今年六月、四ケ月の苦闘の末とうとう他界しました。二月八日に二男を出産以来、あとひと月、あと半年などと死の宣告を受けながら、(勿論妻には知らせませんでしたが)お互いに励ましあって病魔と闘ってきました。ガンとはこんなに恐ろしいものかと、私もいやと言うほど思い知らされました。

日本橋支店在勤わずか半年で、会社の配慮により現在浜松の実家より支店に勤務しておりますが、幼子二人のためにも頑張らなくてはと、心に感じつつ仕事しております。

先月お彼岸の二十四日に、富士霊園に妻のお墓を建てた折り、S子さんの霊前にもお花を供えさせていただきました。その花は、いま名古屋駅前支店にご在勤の、Kさんご夫妻からのお志も入っております。

墓参りのたび、いっしょにいるS子さんにも語りかけ、また今まで以上に悲しみも増し、なぜにこのような若き二人の命を、天は、神は奪われたのかと、未だにあきらめきれぬ心持です。

妻の墓は、S子さんの少し上の方になりますが、ふと自由が丘を思い出し、二人とも同じ職場で働いた仲です。丘のようなその場所を、私は自由が丘と名付けました。月に一度は必ず墓参りしておりますが、これからも欠かすことなく続けて行こうと思っております。

妻はS子さんに比べれば、恋もし、愛することも、結婚もし、子供二人も産み、短い間でしたが三年半、妻として母としての人生を歩むことができたのです。年に一回は東京のサンケイホールで日本舞踊の発表会にも出演し、今思えばかけ足の三年半でした。六月十五日のその日がわかっていて、神様はすべての事柄を私どもにお与えになったのでしょう。

長々と勝手なことばかり書いてまいりましたが、またいつの日かお伺いして、お話できればと願っております。

毎日がさびしい気持ちでいっぱいです。横浜の施設に下の子をまだ預けているのですが、会いに行っても泣きだすばかりで笑ってくれません。早く引き取らなければと思っておりますが、仕事も忙しくそうもゆきません。

でも、いま私にできることは、とにかく精一杯生きることです。妻の分まで悲しみに耐えて生き抜くことです。幼子二人が成人するまでは、たとえどんなことがあろうと不屈であることです。

いま、妻の想い出をまとめておこうと、交換日記などを整理しています。そのノートには、幸せが満ち溢れていました。でも終わりの方は悲しみでいっぱいでした。あと少ししたら、ノートも写真も子供たちの眼にふれぬよう、しまい込んでしまうつもりです。

今ごろ、S子さんも妻も天国で何してるんでしょうね、二人でスキーにでも行く話をしてるでしょうか。お父様もS子さんのことを、毎日思い出されることと存じます。お互いに励ましあって、明るく毎日を過ごしたいものです。

生きることはとても苦しくつらいけれど、生きることに喜びがあることを知ることができるよう祈るだけです。乱筆乱章おゆるしください。敬具

 

 



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