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月一の病院

2019年11月06日 21時59分29秒 | 糖尿病って何よ
10月から11月にかけて、体調が悪くて、ほぼ伏していました。

特に即位礼の当日が悲惨でした。トイレの水が真っ赤になるほど立派な膀胱炎でした。



元々2型の糖尿病です。家族親戚には、一人も糖尿病患者は居ません。
10代ほぼステロイドを使ってアレルギー喘息の治療を受けて居たので、当然の結果かもしれません。
プレドミンはお守りでした。神でした。

で、ころころ太っていたんですよね。もちろん例のフルムーンフェイスです。

1回目のダイエットは13キロ。3か月でヘモを9.4から5へ落としました。でも・・
しっかり食べるのが好きなもので、徐々に上がり詰めていきます。
しかもステロイドは続けています。
だって、先生明確にステロイドです。とか言ってくれなかったし、当時は調べる手がなかったんです。
長い事かかっている町医者だし、安心しきってました。
40手前で、だるさが極限。
で、検査をしたら、血糖値が280超えてまして、初めてのダイエットは、保健所の栄養士さんのきつい鍛錬でございました。
実際に糖尿と言われたのは30はるか超えてからですが、やっぱりなぁって感じでした。

でも、しっかり下がってしまうとめちゃ安心して、食べましたねぇ。
でもステロイドは先生もさすがに出さなかったです。

息子が事故にあい、顎の骨と鼻骨を砕き、頸椎の軽い骨折込みで仕事先の神奈川で、救急入院でした。
軽いとは言え、未だにしびれが残る両腕で、それでも自活はできる状態になったからいいのですが、かなり心配で、心配で・・
でストレスで一気に悪化したんですよね。糖尿病。
町医者の先生は一日1回の注射で済むインシュリンを出してくれていました。
それでも、ヘモは10近く。

で、ある日、心労で発熱。腎盂炎でしたが、40度近い熱を土曜日に出して、月曜日やっと病院があいて診察に行くと手に負えないと言う事で中規模の病院に回されました。
即入院と、検査。
でも、これで助かったんです。
専門でない先生にだらだらとかかっていて、インシュリンも50超えるカウントでした。
でも知識が無いから、ほぼその意味も解らず、セカンドオピニオンなんて考えてもみませんでした。

新しい病院での入院、そこに内分泌科の糖尿病専門の先生が週に2日、労災病院から来てくださっていたんです。
これ無かったら、きっと今では足が無かったかも・・

それから3年。ヘモは7,5ぐらいまで下がって安定してしまって。先生がこんなはずじゃない。絶対もっと下げることができるからと励ましてくださいます。


で今日の診察では、お薬が一つ減りました。
おしっこの中に糖分を出すというお薬。実はまめに膀胱炎になるんです。しかも、それを止めるための抗菌剤で下痢を。。。
悪循環ですよね。
で、やっぱりやめましょうの一言で、数か月続けたジャデアンスを止めました。

実は先月からインシュリンも止めていたようです。ノボラビットとトレシーバ。
先生インシュリンやめたなんて一言も言わなかったじゃない。
不安になるとダメだからかなぁ。すい臓に作用してインシュリンを出させる注射はしていたので、てっきりそれがインシュリンだと、思い込んでいました。

ビクトーザという、お薬で、ネットからはりつけ。
この薬はヒトグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)アナログ注射液と呼ばれる注射薬です。 この薬は主に膵臓にはたらきかけ、血糖値が高くなると、インスリンの分泌を促して血糖値を下げます。 通常、2型糖尿病の治療に用いられます

それで150超える血糖の測定値は稀で、このまま体重が落ちれば・・
だったんですけどね。膀胱炎のためとはいえ、長い(三週間)抗菌剤はよくないからと、ジャデアンスやめてしまったらどうなるんでしょう。
膀胱炎も下痢も嫌だけど、血糖値は抑えたいので、人生2度目のダイエットに入ることにします。


ダイエット宣言のためにこんなにだらだら書いたのかい?
ええ、そうです。過去を振り返るのは必要な事ですから。それに教育入院しなくちゃダメと先生に言われて、要介護の母を置いて入院するわけにもいかないです。
1か月がんばってみて、改善されないなら、入院と言われたので、がんばるしかないんですけど。がんばります。

そういえば初めてのダイエットも12月だったなぁ。今年はクリスマスも正月も来ませんからね。と保健所の栄養士さんに行くたびに念を押されてましたわ。

酒もたばこもしないので、炭水化物がどうにかなれば、下がるんですけどね。それと運動。
・・編み物好きで、運動よりもじっとしてるのが好きなのに。

来月は11日が病院。1年ぶりに栄養指導が入りました。


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