百日紅のトンネルを
ゆっくりとくぐり抜けた
歩行者信号の青を
覆うように 紅(あか)の群れ
渡ろうか どうしようか
そうして信号を数度見送った
紅(あか)は「止まれ」
小さな子だって知っている
何より見惚れてしまったから
信号よりも 花に従った
青信号に寄り添う 百日紅の花束
青空の下にある つかの間の花道
過ぎた道をまたふり返り
紅満開のトンネルへ
もう一度
足もとの紅い星たちを
そろりそろりと
よけながら
夜が深まり
朝が目を覚ます度に
大気はかすかに確かに
研ぎ澄まされていて
糸のように流れる
風に気がつく
変わり始めている
今日のにおいを知る
わたしが歩けば
ひとすじの風が生まれて
ひと欠片の秋を気づかせる
誰かに吹く風に変わるだろう
今通りすぎてゆく風もまた
誰かの歩いた後に生まれた
秋を呼ぶひと吹きの風なのだ
夏の終わりのにおいがする―・・・
太陽からこぼれ落ちる
少し冷たいひかりは
頬やひたいに刺さって
ほのかな温もりだけが流れおちる
そうして肌の上には
ふたつの風のにおいだけが
かすかに確かに
残されている