雨の記号(rain symbol)

木更津のタクシー運ちゃんの話から





 
 夕方の4時半過ぎに自宅を出た。
1時間ほど前、驟雨があった。路面は黒く濡れそぼり、足元から寒さが上ってくる。
 小降りだが雨は残っている。傘はみんな職場に寄ってしまって一本もない。隣人に声をかける。
 ブルーの傘が一本だけ傘たてにさしてある。
「絵柄も入っててちょっと派手だな。他のはないのか?」
「これしかない。目につきやすいから、老人にはちょうどいいんじゃないのか。出かけると外で何があるかわからないし」
 やむなくブルーの傘を借りてさして歩き出す。
 目につきやすいか…しかし、やっぱり目立ち過ぎだ…暗い日暮れなのが幸いだった。
 外灯の近くで雨空を見やると雨粒は流星みたいに白い糸を引いて降り続けている。
 JRの最寄り駅までは歩いて十数分。高速の道路下を横切り、辺りから田んぼが姿を消した川沿いに出た。
 道を曲がり新興の住宅地を抜ける。車が頻繁に行き交う通りの信号を渡り、駅前の住宅地に入る。十字路を曲がる。ダンス教室から自転車置き場、駅前駐車場のそばを通って駅にたどり着く。
 何年か前に駅は都会的な姿にイメージチェンジした。エレベーターで2階の改札口へ上がった。
 帰宅の時間にさしかかり、ホームには利用客が増えている。上り下りともそろそろ電車が着く頃だ。
 ホームで電車が着くのを待っていると、聞きなれない言語の集団が背後に近づいた。振り返ると高校生くらいの集団である。タイの子たちか? それともフィリッピンか? 韓国や中国ではなさそうだ。もっぱら車で動きまわり電車を利用する機会はすくないが、こんな田舎の駅を聞きなれない言語の若者たちが普通に利用してる現実に軽いショックを覚えた。
 相次いで電車が着き、下り電車に乗った。車窓は急激に暗さを増していく。
 ドアの強化ガラスに街並みと二重になりながら自分の顔が映っている。背後の若い女性と目が合った。無表情のまま目を背け合う。

 忘年会は木更津市内の居酒屋で行われる。その店までは駅から3キロほどの道のりがある。飲食のためだけに徒歩で出向くには遠すぎる距離だ。
 迎えの車は出ないという。電車を利して来る者はタクシーに乗って出向くようになっている。
 駅の構内から東口に出てきた。階段口のすぐそばでタクシーが客待ちで並んでいる。
 同僚と顔合わせする可能性もあったが、誰も見かけない。社長が挨拶を始める集合の時刻まであんまり余裕はない。
 誰もいないなら自分ひとりで、とタクシーに乗り込んだ。
 行き先を告げ、タクシーがロータリーを半周して直線道路に出て加速を始めたところで携帯が鳴った。
 「今、どこですか?」
 と、きた。
 JRを利用してやってきた同僚の声だ。
 軽く舌打ちする。あと10数秒はやく鳴らしてくれればタクシーはロータリー内にいた。運転手さんに、止めてくれ、と声もかけられた。だが、後ろを走ってくる車もある。トップギアで走り出してる運ちゃんに”待ってくれ。もうひとり乗せたい”と注文をつけるわけにはいかない。
 自分はもうタクシーでお富さんに向かってます、と告げ、同僚との会話をすませた。
 この後、交差点を通過するごとに車はどんどん込みだした。
 ムスッとして前の車や周りの景色眺めていても仕方がない。運ちゃんにこの街の景気について問いかけてみた。
「う~ん、ダメですね。笛吹いても踊らないというか…景気はちっとも上がってきませんねえ…」
 嘆きのこもった口調である。
「踊らないって…誰がです?」
「う~ん、消費者っていうか…基本、近頃の若い連中ですかねえ。年寄りは昔と変わらない生活してると思いますけど」
「…」
「ハシゴ酒をやる若者がとんといなくなりましたね」
「酒をあんまり飲まなくなったということですか?」
「う~ん、酒は飲むんでしょうが…飲み方が変わったんじゃないですかねえ。お客さんもそう思いませんか? 俺たちの時代は二度目三度目のハシゴ酒こそよかったじゃないですか。そこで上司への悪口を言えたし愚痴もこぼせた。今の若い連中はほとんどそれをやらない。会社の同僚とオフの時間まで一緒に過ごすのはごめん願いたい、って連中がずいぶん増えてるみたいですよ。付き合ってもせいぜい一次会どまり、ってのが多いようで…」
「じゃあ、そこで使わない金はどこに使ってるんです? 車ですか? それともギャンブル?」
「う~ん、若い連中が働いた金で遊びまわるのは今も昔もそう変わらないとは思うんです。ただ、付き合いがドライになったというか、自分がそれを望まないところには無駄使いしたくないってのがあるようです。
たとえばその反映っていうか、近頃は二十代でマイホーム持ち始めてる者がけっこういるみたいです。二十代でローン組むような生活始めたら、金の使い道も堅くなるような気がしませんか? 俺たちの頃とは気質がぜんぜん違ってきてますよ」
「…」
 俺たちというからには自分も含めながら物言ってるらしい。
 いつも金でピーピーしてたが、先のことをあまり気にせず遊びまわってきたことだけは確かだ。
 ただ、二十代で家買ってローン組むような若者らが木更津あたりにだけ出てきてるとは思えない。
 木更津の運ちゃんが口にした通り、そんな若者が日本中で増えて来てるとするなら、どこの街の盛り場も今ひとつ活力を失ってると想像される。
 
 あなたの街の景気はどうなのであろうか…?









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