このブログを書き始めたきっかけ。
それは30歳を機に、今までの自分を見つめなおして、新たな1歩を踏み出すきっかけにしようと思ったから。
文章にしてみると、それはそれは大層なことのようにみえる。
でも、実際は大したことない、ほんの思い付きから始まった。
すべては、何気ない恩師の言葉から始まっている。
勉強なんて、したいときにすればいい。
したいときにする方が、よっぽど頭に入る。
わたしの恩師は中学校の頃の担任の先生だ。(わたしが勝手に恩師だと思っているだけですが)
縁があって、3年間担任を持ってくれた。
結構な個性をお持ちの先生で、生徒からも保護者からも好き嫌いが分かれるタイプだった。
いまの中学校、というか教育現場じゃ、いろいろ問題になりそうだ。
いや、わたしが知らないだけで、あの当時も問題になっていたのかもしれないけど。
子ども向けみたいな話し方、接し方はあまりしなくて、ときには感情的にぶつかったりもした。
いま思うと大人げない場面もあった気がするが、先生も人間だししょうがないよな、なんて思う。
そんな先生がわたしは好きだった。
いや、いまも変わらず、思い出の中の先生が好きだ。
戦後の激動の時代を生きてきた人なんだろうと思う。
親はそこそこ偉い軍人さんだった、とも言っていた。
先生は地方の出身だったけど、大学は東京の学校に進学したと(たしか)。
ちなみに、うちの母とは同郷だった。
わたしが中学生のときに、もうすぐ還暦だと言っていたから、
たぶん、1960年代の学生運動に参加していたのだと思う。
それを思わせるようなことを言っていたから。
だからきっと、わたしたちの世代に、伝えたいことがたくさんあったんじゃないかな、と思う。
先生が生きたあの時代の若者は、自分たちの主張を持っていたし、それをしっかりと表に出して活動をしていた。
それが、いいことがどうかの問題は、いまは置いておく。
ただ、いま自分たちが生きている日本、あるいは、これからの日本を案じて活動していたのだろうと、わたしは思う。
そんなエネルギーは、最近の若者にはない。もちろん、わたしも含め。
自分たちの主張をしっかり持って、活動できるエネルギーがあるということには羨ましさもある。
善悪の問題ではない。
わたしたちの世代は、さとり世代なんて言われ方もする。
デジタルネイティブで、
他人との衝突を避け、
コスパを重視し、
情熱よりも現実を重視する。
先生が生きた学生時代とは、相反すると言っていいほど、かけ離れているかもしれない。
そんなわたしたち世代に、自分の情熱を乗っけながら、学業を説くのは容易じゃなかっただろうな。
その当時は、かけらもわからなかったけど、いまなら少しは理解できるかも。
すみません。
懐かしさに浸ってしまい、つい先生のことをたくさん書いてしまいました。
その先生の言葉で印象的だったものはたくさんあるけど、冒頭に書いた言葉はとても印象的だった。
勉強なんて、したいときにすればいい。
したいときにする方が、よっぽど頭に入る。
これだ。
中学生なんて、やりたいことがたくさんある。
部活に、友だち関係、男女関係。
同時に家族とだってうまくいかなくなるやつもいる。
勉強に集中できなくなるなんて当たり前だ。
と。
勉強なんて、したいときにすればいい。
大人になってから、大学に入って勉強をする人もいる。
それは、大人になって、必要だと思ったから勉強するんだ。
ただ、俺は教師だから。
勉強しなくてもいいとは言わない。
日本はまだまだ学歴社会だから。
学歴に左右されるのがいやだったら、しっかり勉強しろ。
それを気にしないやつは必要最低限でいい。
でも、自分が困らないくらいの学力はつけろ。
その先は、自分が必要なときにしっかり勉強しろ。
それでも遅くないから。
こんなようなこと。
中学校の教員が何言ってんだよ、って思うけど、でも、わたしはその言葉が嬉しかった。
30歳のわたしは、いろいろなことを吸収しようとしてるよ。
いま、学びたいことがあるから。
あの頃より、よっぽど頭に入るよ。
まあ、わたしは先生が担当してた社会はいつでも成績良かったけどね。
卒業してから1回くらいしか会ってないけど、まだ元気なのかな。
今日はこのへんで
明日、また
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