第3部(1)8・51%値上げ「焼け石に水」
「原発再稼働の時期が決まらなければ、原価算定なんかできっこない」「こんな人件費削減を労組は飲むでしょうか?」-
福岡市中央区の九州電力本社の一室で、経営企画本部やお客さま本部などに所属する二十数人の精鋭部隊が厳しい表情で議論を続けた。11月に入って幾夜徹夜を重ねたか、分からない。
料金値上げ申請の「Xデー」は11月27日。直前まで議論の中身はもちろん、メンバー構成や会議場所さえもトップシークレット。メンバーは原発稼働率や火力発電用の燃料調達費などを何十通りもシミュレーションし、料金の基準となる原価を計算した。
その結果、弾き出した値上げ率は、家庭用電気料金を平均8・51%、企業向け平均14・22%。経済産業相に値上げを認められれば、来年4月から標準的な家庭で月額378円上がり、月額7021円となる見通しだという。
料金を原価から見直す本格的な値上げは第2次石油危機の昭和55年以来、実に33年ぶりとなる。メンバーの1人はこう打ち明けた。
「これまで経験した料金改定作業は値下げばかり。膨らみ続ける赤字の解消策とはいえ、九州すべてに負担をかける値上げ作業は精神的にしんどかった…」
消えた2割値上げ
玄海、川内の計6基の原発の停止により火力発電の燃料費が膨らみ、九電は電気を作れば作るほど赤字となる体質に陥った。
平成24年度の燃料費は、原発が動いていた22年度に比べ5千億円も増加し、25年3月期(24年度)連結決算では九電史上最悪の3650億円の最終赤字となる見通しとなった。6500億円あった内部留保は24年度末に600億円にまで減り、このままでは25年度に資本金まで食いつぶし、26年度早々に債務超過、つまり事実上の倒産状態に陥る。
原発を再稼働できなければこうなるのは目に見えていた。このため九電経営陣では、昨年12月25日に玄海原発4号機を最後に6基が完全停止したころから、「値上げは避けられない」と踏み、密かに議論を始めていた。
現行の料金体系の元となる発電に必要な原価は1キロワット時当たり14・68円。ところが23年度は18・38円と25%も上回った。年間通じて「原発ゼロ」となった24年度は20円を超えるのは確実だという。
単純計算では、2割以上の値上げは避けられない。九電経営陣も当初、2割値上げを想定していた。
ところが、福島第1原発事故の当事者である東京電力の値上げ幅が今年5月の申請時で10・28%、認可は8・46%。「事故を起こしてもいないのに、東電の2倍の値上げ申請は到底理解されない」。九電首脳はこう判断し、社員平均年収の21%ダウンなど大幅なコスト削減策を経営計画に練り込み、申請する値上げ幅を8・51%まで抑えた。
4基稼働前提
では、この値上げ幅で「経営破綻」という最悪の事態を防げるのか。
これから経産省の専門委員会や内閣府の消費者委員会が申請内容を検証することになるが、東電の前例を踏まえると、値上げ幅の圧縮を迫られる公算が大きい。
しかも今回の値上げは、25年7月に川内原発1、2号機を、12月に玄海原発4号機を、そして翌年1月に玄海3号機を再稼働させ、25~27年度の3年間平均で発電電力量の27%を原発が担うことを前提にして算出されている。つまり計画通りに再稼働できなければ、値上げも「焼け石に水」。九電の“出血”は止まらないのだ。
政府に値上げ申請した27日、瓜生道明社長は記者会見で値上げを「苦渋の決断だ」と説明した上でこう付け加えた。
「値上げ幅が圧縮されれば、さらなる資産売却などキャッシュ回収に努めざるを得ない。さらに来年7月の川内原発の再稼働が遅れ、財務状況が悪くなれば、再値上げの申請に追い込まれる」
政府が迷走を続ければ、大幅な再値上げはすぐそこに迫っている。
公益企業の義務とは
「赤字に陥ったからといってすぐ値上げに走る電力会社は甘えている」-。
九電の値上げ申請にこんな声も上がっているが、勉強不足というしかない。
電気事業法では、家庭用電気料金を「総括原価方式」で算定することを義務づけている。人件費や燃料費、減価償却費など事業に必要な51項目のコストと、資金調達による支払い利息などの事業報酬の合計を「総原価」とし、これを基に料金を算出する仕組みで、不当に利益を乗せたり、逆に割り引くことはできないのだ。
「経営努力をしなくても地域独占の電力会社が儲かる仕組み」との批判も根強いが、その一方で、電力会社は「電力の安定供給」を義務付けられ、遠隔地など採算の合わないエリアからの撤退は許されない。
例えば、九州には人が住む離島が22ある。この一つ一つに発電施設を設置し、各家庭まで送電線を敷かなければならない。この離島分の23年度収支は170億円の赤字だった。
九電幹部はこう語った。
「普通の企業が赤字になりリストラを迫られれば、まず不採算部門から撤退するでしょ。でも公益企業である我々にその選択肢はありません。管内にあまねく電気を送る。それが我々のプライドなんです」
人口の多寡や密度による採算を度外視し、エリア内すべてに同一料金でインフラサービスを提供する。総括原価方式は「ユニバーサルサービス」を担保する有効な手法だといえ、ガスや鉄道、水道などにも広く適用されている。
とはいえ、人件費を含め血のにじむようなコスト削減しても年間5千億円にも膨らんだ燃料費をカバーすることはできない。不採算部門から撤退することもできない。大幅な再値上げを回避し、経営危機から脱却するため残された手段はただ一つ。「原発再稼働」。これは九州経済、そして住民の生活にも直結する。
「財務基盤強化には原発の再稼働が不可欠。安全対策を着実に実施し、地元の理解を得て、早期再稼働を目指して参りたい」
普段ならば記者会見の合間に柔和な表情を見せる瓜生氏だが、27日は一度も頬を緩めることはなかった。
◇
「脱原発コスト」が、来年4月から九州857万の全電気利用者にのしかかることになった。政権与党の民主党は12月4日公示16日投開票の衆院選で「2030年代の原発ゼロ」をマニフェストに掲げた。マニフェストを次々に反故にし、迷走を続けたことにより、多くの国民の心は離れてしまった。なんとか「脱原発」でつなぎ止めようという下心はみえみえだが、「原発ゼロ」の先に待ち受けるのは、天井知らずの電気料金値上げと産業・家計の崩壊ではないか。
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