第3部(3)悲鳴あげる冷凍倉庫業界
マイナス20度。コート越しに冷気が肌を刺す冷凍庫内に、高さ約5メートルの棚が組まれ、食料品の入った段ボールが整然と並ぶ。九州一円の物流拠点である佐賀県鳥栖市にある運輸・倉庫業の地場大手、福岡運輸(福岡市博多区)の九州配送センター。約1万3千平方メートルの敷地に建つ巨大な冷凍冷蔵倉庫に備え付けられた家庭用エアコン数千台分の能力を有する大型冷却器が、静かに冷気を送り続ける。
保存されているのは、肉、調味料、麺、小麦粉など3千種類以上。半加工され、ちょっと手を加えただけで客に提供できる商品も少なくない。つまり、ここは九州一円の飲食店やコンビニエンスストアなどのサプライチェーンの要といえ、万一機能停止に陥れば、飲食店のネオンは消え、大混乱に陥る。
庫内は、9つの部屋に分かれ、マイナス20度、プラス2度、10度-など6段階に厳密に温度管理される。樋口薫センター長は「パン製造に使うイースト菌なら2度。これ以上だと発酵が進んでしまう。ミルクチョコなら溶け出さないよう10度。顧客からは『商品が変質しないように』と念押しされていますから温度管理には細心の注意を払ってます」と胸を張る。
温度管理はコンピューター制御な上、冷却器の心臓部であるコンプレッサーも電動。九州電力が、事業者向け電気料金の平均14・22%の値上げを表明したことは経営を直撃する。
全国15カ所に冷凍冷蔵倉庫を持ち、計180基の冷却器を稼働させる福岡運輸の年間電気料金は2億5700万円。14・22%の値上げならば単純計算で3600万円の負担増となる。
福岡運輸で支出経理を担う幸田猛・購買課長はいらだちを隠さない。
「どんなに電気代が上がっても冷凍庫の温度を上げる訳にはいかないでしょう。一体どうしたらいいんですか? 早く原発を動かしてほしいですよ…」
内需産業に逃げ場なし
原発の長期停止による燃料費急増で巨額赤字を垂れ流している九州電力。今夏の終わり頃には「九電は10%程度の値上げに踏み切るようだ」という情報が九州各地でささやかれるようになった。福岡運輸でも電気料金削減は最大の懸案となった。
10%値上げでも2500万円の負担増。これだけの利益を上げるには、売り上げを10億円増やさなければならず、年間売上高150億円の福岡運輸にとって容易な数字ではない。デフレ不況下、倉庫業界も競争は激化しており、倉庫使用料への転嫁も難しい。
しかも、公表された九電の値上げ幅は平均14・22%、関西電力は19・23%で想定の10%を大きく上回っていた。4月から企業向けに平均16・39%の値上げに踏み切った東京電力管内では「座して死を待つよりは」と電気料金の不払いを続ける同業者もいるという。
福岡運輸の長崎正弘取締役はこう嘆いた。
「我々は内需型産業だから、安い電気を求めて海外に出ることも、使用電力を減らすこともできない。不払いを続ける企業の気持ちも痛いほど分かる…」
本来は3割値上げも
「我々には国民の胃袋を満たしてきたという自負があります。でも電気料金値上げで壊滅的な打撃を受けるでしょうね。潰れないためには価格に転嫁するしかないし、それは消費者に跳ね返るのですが…」
福岡県冷蔵倉庫協会の河合弘吉会長(河合製氷冷蔵社長)は業界の声をこう代弁した。
だが、業界に「壊滅的な打撃を与える」という電気料金の値上げ幅は、九電の経営実態から見れば控えめだといえる。
日本総合研究所が8月に公表した試算によると、全国の原発稼働率がほぼゼロとなる平成24年度に、全国の電力会社の燃料費増加分を電気料金だけで穴埋めするとすれば、22年度比較で最大31・3%の値上げが必要だという。九電、関電ともに原発の一部再稼働を前提に値上げ幅を算定しており、25年中に再稼働できなければ再値上げが現実課題となる。
電気料金が3割上がれば、企業の国際競争力は確実に失われる。衆院選に勝利した民主党がマニフェストに掲げた「2030年代の原発ゼロ」を実行に移し、電気料金が2倍になればどうなるのか。
日本経済の牽引役である輸出型製造業の衰退・海外流出は止まらず、賃金低下と雇用減により失業者が街にあふれるだろう。家計への打撃は計り知れない。
その悲劇の第一幕が来春の料金値上げで幕を開ける。福岡運輸の幸田氏はこう嘆いた。
「電気料金値上げや電力不足で経済の動脈である物流が止まると、すべてが止まるんですよ。そのことを政治家は本当に分かっているんでしょうか…」