九州から原発が消えてもよいのか第8部(4)
忍び寄る再値上げドミノ 消える中小企業「中韓への出稼ぎが“子供の未来”なのか」
福岡市から東へ25キロ。緑豊かな筑豊の山中にあるエヌティ工業(福岡市博多区、従業員52人)の桂(けい)川(せん)工場(福岡県桂川町)では、電炉2基が赤々とした輝きを放つ。放電熱で鉄スクラップを溶かし、水門駆動装置やポンプ用の鋳物部品を生産する。
この町工場が今、苦境に立たされている。
理由はコスト増だ。リーマン・ショック(平成20年)直後に比べ、アベノミクスによる景気回復効果で受注量が伸びたにも関わらず、昨年度(平成25年9月期)は赤字に転落した。
鋳物の原料である鉄スクラップ価格は、この10年で7割上昇した。中国で鉄需要が増大し、日本から鉄スクラップを買い付けるようになったからだ。
傷口に塩を塗るように、平成23年3月の東日本大震災以降、電気料金が高騰した。
電炉は文字通り、大量の電気を消費する。電気料金の値上げの影響は、他の業種よりも大きい。
桂川工場の今年6月分電気料金は430万円。震災前の22年6月分は307万円で、4割も上昇した計算になる。
エヌティ工業の売上高(昨年度)は5億8千万円。日本鋳造協会(東京)によると、鋳造業の大手も含めた平均利益率は2%程度。電気料金上昇分を吸収する余力はない。
「ようやく持ち直してきたところに、材料に使う石油資材と電気料金が値上がりし、ダブルパンチですよ。新聞紙上では、大企業の決算で『史上最高益を記録』なんていう言葉が並んでいるときに、うちは赤字転落なんですから、腹が立ってしょうがない。原発が動いていれば、こんな窮状にはならなかった…。安全な原発は早く動かしてもらわないと困る。日本の製造業を支えてきたのは安定した電力供給なんだから」
会長の尾中盛和(73)はこう憤る。リーマン・ショック後、自身の役員報酬を2割下げたが、来年度はゼロも覚悟している。
もちろん、節電努力は重ねている。電気料金が安い時間帯の真夜中の午前1時に操業を始め、午後1時に終わらせる。夏場は土日に操業し、平日に休む。従業員に負担をかけることはわかっているが、背に腹は代えられない。
だが、尾中の努力をあざ笑うかのように、電気料金は上昇を続ける。
料金上昇分すべてを販売価格に転嫁したいが、電気料金を理由にした販売価格改定という前例がなく、取引先の理解は得にくい。
「他社製の部品は値上がりしませんが」「まあ考えておきますよ」
値上げ交渉に行っても、足元を見られるばかり。半年がかりの交渉の末、ようやく主要取引先にコストの一部の価格転嫁を認めてもらったのは、最近のことだった。
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電気料金高騰の元凶は、原発停止にある。
九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)、川内原発(鹿児島県薩摩川内市)の全6基は平成23年12月までに定期検査に入り、2年半たった今も再稼働していない。
九電は原発停止を補うため、火力発電、特に液化天然ガス(LNG)火力の発電量を大幅に増やした。九電は、こうした追加の燃料費や他社から購入する電力料として毎月500億円前後を支払っている。これが九電の財務を圧迫する。
追い込まれた九電は昨年4月に産業用電気料金の単価を11・94%、同5月には家庭向けも6・23%値上げした。
単価引き上げばかりでなく、燃料の輸入価格に料金を自動連動させる「燃料費調整制度」(燃調)も料金高騰を招く。
原油やLNGの価格は2003(平成15)年のイラク戦争以降、長期上昇傾向にあるからだ。加えて、輸出企業にとっては恩恵となった円安の進展が、輸入価格を一層、押し上げる。工場などで使われる特別高圧の場合、1キロワット時あたりの燃調による加算額は、東日本大震災前の22年6月と比べると1・88円も上昇した。
太陽光など再生可能エネルギーの買い取り額を料金に転嫁する固定価格買い取り制度も24年7月に始まった。
こうした上昇要因を合算した結果、九電の電気料金(1キロワット時あたり)は、工場やオフィスなど産業用の場合、22年度から25年度にかけて22%上昇し、15・9円になった。家庭用も16%値上がりし、標準的な家庭では26年6月は7609円だ。
原発停止を原因とする電気料金高騰は九州に限らない。
経済産業省資源エネルギー庁によると、22~25年度の電力10社の値上げ幅は産業用が28%、家庭用19%に達した。
料金高騰の影響は拡大の一途をたどる。日本鋳造協会によると、25年中に会員企業7社が倒産した。リーマン・ショック直後の21年と並ぶ過去最悪の件数だった。
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原発停止の影響は、電気料金高騰や企業倒産という目に見えるものだけに、とどまらない。燃料費として、年3・6兆円(平成25年度)が海外に垂れ流されている。
「たとえ多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出というべきでない。豊かな国土と、そこに国民が根を下ろしていることが国富である」
今年5月21日、福井地裁が言い渡した関西電力大飯原発3、4号機の運転差し止め訴訟の判決。「万が一でも危険性があれば差し止めは当然」と再稼働を認めない判決を言い渡した際、裁判長の樋口英明は「国富」をこう定義した。
だが、3・6兆円は実にGDPの約7%にあたる。26年3月期決算を行った東証1部上場全企業(1237社)があげた最終利益(20兆874億円)のうち、2割にあたる富が国外に逃げているのだ。
原発停止による電力不安は、樋口がいう国富と真逆の結果をもたらすことは明らかだ。一判事に「国富」を定義されるいわれはない。
資源に恵まれない日本は、ものづくりの「技術」を生かし、製品を海外に輸出し、富を築いてきた。それには安価で安定した電力が不可欠だった。
時代をさかのぼれば、昭和55年をピークとするオイルショックで電気料金が高騰し、国内でのアルミ製錬がほぼ壊滅したという前例もある。
電力危機はアベノミクス効果も吹き飛ばしかねない。そうなれば製造業、特に中小企業が国内で生き残ることが難しくなる。
「まさに国内での事業存続の危機に直面している。即効性のある対策を強力に講じていただきたい」
福井地裁の判決から6日後の5月27日、東京・霞が関の経済産業省に、鋳造、シリコン製造や鉄鋼、鋳造など、電力を大量消費する11の業界団体トップが顔をそろえ、要望書を磯崎仁彦政務官に提出した。原発の再稼働や再生可能エネルギー固定価格買い取り制度の見直しなどを求めた。
この悲痛な叫びに対し、いまだに感情論丸出しで非科学的な「反原発」がはびこる。
川内原発も原子力規制委員会の安全審査に事実上合格したとはいえ、今後、反原発団体などによる抗議活動の激化が予想される。再稼働は早くても秋以降だ。玄海原発については、再稼働の道のりは不透明なままとなっている。
中東情勢、ウクライナ情勢が緊迫の度合いを深める中で、原油価格はさらに上昇する懸念がある。原発が停止したままでは、九電をはじめ全国の電力会社が再値上げに追い込まれる。
実際、北海道電力社長の川合克彦は6月26日の株主総会で、電気料金の再引き上げについて「そう遠くない時期に判断したい」と述べた。「再値上げドミノ」は間近に迫っている。
「子供たちの未来を守れ」。そんな反原発派の主張を聞くと、尾中はこう感じるという。
「原発ゼロが続いたら、多くの工場が国内でやっていけなくなる。子供や孫の世代が将来働く場所が減り、中国や韓国に出稼ぎにいくことになるかもしれない。それが『子供の未来』なんですかね」
(敬称略)