ブラックアウトの恐怖 なお電力需給“糸”の上の綱渡り
「復旧にはどれくらいかかりそうなんだ!?」
8月2日早朝。九州電力の松浦発電所1号機(長崎県松浦市、石炭火力70万キロワット)で、石炭を燃やすボイラーの配管から水蒸気が漏れるトラブルが発生した。本社発電本部副部長兼火力業務管理グループ長の武末伸二が担当者から携帯電話で一報を受けたのは、午前5時すぎ。トラブル発生直後だけに原因はまだ分からない。火力畑が長い武末は、復旧のめどなど立つはずもないことは百も承知だったが、つい声を荒げてしまった。
九電所有の全発電所を差配する取締役発電本部本部長の伊崎数博も、武末から連絡を受け、「えっ…」と絶句した。
500度にも達する高温高圧蒸気が通うボイラー配管は、火力発電所の心臓部。そこでのトラブルは通常ならば復旧まで数カ月かかる。
しかも7月下旬からお盆の入りまでは電力需給が最も逼迫する時期だ。その間に電力使用率が98%を超えると、いつ大規模停電が連鎖的に起きるブラックアウトが起きてもおかしくない。伊崎や武末の脳裏に最悪の事態がよぎった。
だが、九電は妙な“幸運”に恵まれていた。
まず、松浦発電所1号機の水蒸気漏れトラブルは思ったよりも軽微で、ボイラー配管数千本のうち取り換える必要があったのは、たった40本だった。
しかも配管の破損があったのは、高さ4メートルの位置だった。松浦1号機のボイラーは高さ85メートルもある。もし高い位置で破損があったら作業用の足場を組むだけで長い日数を要する。
天候にも恵まれた。
事故後の九州各地の最高気温は35度前後に留まり、電力使用率は8月2日の94%をピークに80%台に収まった。8月10~18日は管内の企業や工場は「お盆休み」に入り、電力需要は大きく減った。
九電の技師らは、24時間態勢で復旧に取り組み、わずか18日後の19日午前9時、松浦1号機は運転を再開した。こんなに早い復旧は滅多にない。
19日はお盆明けの月曜日だったため工場は一斉に稼働を始めた。しかも九州各地は40度近い酷暑。供給力1670万キロワットに対し、ピーク時の午後5時の需要は1619万キロワットに達し、電力使用率は97%、需要に対する供給余力を示す予備率3%と限界に迫った。
もし、松浦1号機の復旧が間に合わなかったらブラックアウトが起きる可能性は十分あった。猛暑下で大規模停電となれば死者が出る可能性も大きい。
破損配管の数、トラブルの部位、発生時期-。“幸運”が重なったことでブラックアウトは防げた。九電関係者はこれを「3つの奇跡」と呼ぶ。逆に言えば、奇跡に頼らねばならぬほど、九電の電力供給は「綱渡り」が続いているという証左でもある。
交流電気は貯めることができない。蓄電池に貯めた電力をインバータで交流変換することは可能だが、膨大な需要に応えることができるような蓄電池は存在しない。
このため、電力会社は刻々と変動する需要に応じて発電し、送電することが必要となる。調整用の在庫がないことが、自動車などのメーカーと電力会社の大きな相違点といえる。
供給が需要を下回る事態になれば、まず周波数が不安定になり、その周波数の変動が発電機に大きな負荷を与える。このまま放置すればタービンの破損など大事故が起きかねないため、変動幅が一定以上になると発電機は自動停止する仕組みになっている。
一つの発電所が停止すれば、電力不足は拡大し、別の発電所も連鎖的に停止する。これが、電力供給不足に伴うブラックアウトのメカニズムだ。
ブラックアウトを起こさないためのギリギリの数値は予備率3%。このため九電は、玄海原発(佐賀県玄海町)、川内原発(鹿児島県薩摩川内市)が動かない中、いかに予備率3%以上を維持するかに腐心してきた。
九電が所有する火力発電所は8カ所17基にのぼるが、稼働開始から41年を経た「オンボロ」の苅田新2号機(福岡県苅田町)を含めて需要のピーク時にはフル稼働させている。
それでも不足する分は他の電力会社や日本卸電力取引所(東京都港区、JEPX)から購入しているが、九州電力の原発6基すべてが停止した平成23年12月25日以降、「あわや」という瞬間は何度もあった。
「明日の分(の電力)を買えませんでした…」
松浦1号機が再稼働しても予備率が3%になった8月19日の午後、需要に応じた供給計画を定める九電電力輸送本部副部長の深川文博の元に、部下が青い顔をして飛び込んできた。
19日は、JEPXの「スポット取引」で30万キロワットを買うことができたこともあり、ギリギリながらも供給不足は回避できた。
20日も酷暑が予想されたため、九電担当者は、19日と同量の電力を買い付けるため、JEPXのスポット取引に入札した。
ところが、全国的に酷暑になるという天気予報を受け、JEPXには、他の電力会社からも「買い」が集中した。1日平均の取引価格は1キロワット時あたり39円と、前日の24円から6割も急騰した。ピークとなる20日午後2時からの30分間については、売り入札698メガワット時に対し、買い入札は4675メガワット時と6・6倍に達した。
こうなると資金に余裕がある電力会社の方が強い。九電は他社の高値入札にあっさりと破れてしまった。
このままでは予備率3%を切る危険性が大きい。
社長の瓜生道明は直ちに危機管理対策本部を立ち上げ、供給力増につながるあらゆる手段を検討した。
対策本部はまず、電力使用量が減る夜間電力に高地に水を汲み上げ、昼間にこの水を使って発電する揚水発電に着目した。
JEPXから19日夜のうちに50万キロワットを調達し、揚水発電の水を可能な限りくみ上げ、20日昼の揚水発電の出力を167万キロワットから202万キロワットに増強した。
さらに火力発電所17基中8基で、通常の最大能力を少しずつ上回る過負荷運転を行い、2万キロワットを上積みした。供給力に比較的余裕のある中部電力や中国電力に頼み込み、融通電力を当初の90万キロワットから120万キロワットに増やしてもらった。
かき集めた電力は計69万キロワット。こうして20日は予備率5%で乗り切ることができた。
「正直言って8月19、20の両日は生きた心地がしませんでした…」
電力輸送本部給電計画グループ副長の河北倫具は当時をこう振り返った。
× × ×
それでも今夏はまだましだった。関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)が稼働しており、九電の供給力の後ろ盾となってくれたからだ。
年の瀬を迎えたが、電力供給のエキスパートである深川や河北は早くも「来夏をどう乗り切るか」で頭がいっぱいとなっている。
想定される予備率3・1%の今冬の電力需給を軽んじているわけではない。だが、完全な「原発ゼロ」で迎える夏の需給の厳しさはその比ではないからだ。
24、25年の夏の電力を支えてきた大飯原発は今年9月に定期検査に入った。事故を起こした福島第1原発4基を除く国内の原発50基は全て停止している。
にもかかわらず、原子力規制委員会の安全審査は長引いており、川内、玄海両原発の再稼働が来夏に間に合う保証は全くない。
大飯原発が動いていた24年夏でさえ、九電は最悪の事態に備えて、地域ごとに短時間、意図的に電力供給をストップする「計画停電」の準備をした。今夏は「節電が定着した」と判断して計画停電こそ見送ったが、需給は逼迫した。
深川はこう語る。
「電力の需給はやはり、夏が最も厳しい。全国で原発がゼロのまま来夏を迎えると思うと…。もう綱渡りどころか、『糸』を渡るようなことになりかねない。国民が望む景気回復でさえ電力需要が増すことを考えると素直に喜べないほどなんです…」
脱原発派や一部メディアは「原発がなくても夏を乗り切れた。やはり原発はいらない」と主張している。電力需給の危うさから目を背けているのか。分かっていながら、なお原発再稼働に反対しているならば、無責任としか言いようがない。(敬称略)
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