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1. 使用状況
2. 定義に関わる歴史的経緯
3. NATO拡大問題との関連
更新履歴
本稿は「安全保障の不可分性/不可分な安全保障」という用語/概念の意味と近年の使用状況に
ついて、気がついた事を述べる。
1. 使用状況^
近年の西側マスメディア(特に日本のマスメディア)では言及されることが稀な国際政治用語
であるためか、たまに時事問題に言及するブログ等でロシアや中国の公式発言での使用に言及
されていても、意味や由来を知らないとしか思えない内容だったりする。一般に「NATO に加盟
するのは各国の勝手でロシアに文句を言う権利がない」との論旨を「安全保障の不可分性」の
意味に何ら触れずに展開している論者は、ロシアや中国の論点を理解していないことが明らかで
「メディアリテラシー」に欠けている。
この用語への西側とロシア/中国での認識の差は、ネット検索の結果を少し眺めれば明らか。
なお、「とりあえずの簡単な定義」としては、「相互の安全保障は不可分な関係にあり、他国の
安全保障の犠牲の上に自国の安全保障を強化しないというもの」という、Google 検索の先頭に
出てくる説明で十分。
上位に出てくるページにマスメディアの報道記事が皆無に近い。英語のニュース記事では、
*言葉としては*言及されるだけ、日本のマスメディア報道よりはマシだが、概念としての
意味や背景を説明する記事は、マスメディアには見られない。
- China's Xi proposes 'global security initiative', without giving details
- Russia cites 1999 charter text for insistence on 'indivisible security'
下記のような政治論説記事でも、ロシアが直接言及した1999年の「欧州安全保障憲章」には、
(さすがに)触れているもの、憲章中で使用されている文脈を押さえていないためか、概念の
理解が不十分なままでの、底の浅い「感想」レベルの内容になっている。
- https://webronza.asahi.com/politics/articles/2022020700004.html?page=2
- https://synodos.jp/opinion/international/28100/
どちらの記事も(日本/西側専門家によくあるパターンで)NATO拡大問題についての事実認識が
変だが、事実関係については下記の記事で既に述べたので、ここでは繰り返さない。
- ウクライナと西側諸国の犯罪(2)
2. 定義に関わる歴史的経緯^
問題にしたいのは、「安全保障の不可分性」という概念は、1999年の「欧州安全保障憲章」で
新たに考案されたものではなく、下記「1975年のヘルシンキ宣言」に起源がある事だ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヘルシンキ宣言_(全欧安全保障協力会議)
同宣言のテキストは下記にある。。
https://www.osce.org/files/f/documents/5/c/39501.pdf
CONFERENCE ON SECURITY AND CO-OPERATION IN EUROPE FINAL ACT HELSINKI 1975
下記「欧州安全保障憲章」のテキスト中に、前記ヘルシンキ宣言 (Helsinki Final Act) への
明示的言及がある。
ISTANBUL DOCUMENT 1999
https://www.osce.org/files/f/documents/6/5/39569.pdf
Operational Document - the Platform for Co-operative Security
I. The Platform
...
2.The OSCE will work co-operatively with those organizations and institutions whose
members individually and collectively, in a manner consistent with the modalities
appropriate to each organization or institution, now and in the future:
-
Adhere to the principles of the Charter of the United Nations and the OSCE principles
and commitments as set out in the Helsinki Final Act, the Charter of Paris, the
Helsinki Document 1992, the Budapest Document 1994, the OSCE Code of Conduct
on politico-military aspects of security and the Lisbon Declaration on a Common and
Comprehensive Security Model for Europe for the twenty-first century;
ここで言及されている他のOSCE (および、その前身であるCSCE)文書でも使用されてきた用語
ないし概念であり、その意味は、初出の the Helsinki Final Act で確立されているわけだ。
実際、indivisibility of security ないし indivisible security という用語自体は、文書の前の方にある
「総論」的な部分も含めて何度となく出てくる。
1. At the dawn of the twenty-first century we, the Heads of State or Government of the
OSCE participating States, declare our firm commitment to a free, democratic and more
integrated OSCE area where participating States are at peace with each other, and
individuals and communities live in freedom, prosperity and security. To implement
this commitment, we have decided to take a number of new steps. We have agreed to:
...
We are committed to preventing the outbreak of violent conflicts wherever possible.
The steps we have agreed to take in this Charter will strengthen the OSCE’s ability
in this respect as well as its capacity to settle conflicts and to rehabilitate
societies ravaged by war and destruction. The Charter will contribute to the formation
of a common and indivisible security space. It will advance the creation of an OSCE
area free of dividing lines and zones with different levels of security.
I. OUR COMMON CHALLENGES
...
10. We will continue to uphold consensus as the basis for OSCE decision-making.
The OSCE’s flexibility and ability to respond quickly to a changing political
environment should remain at the heart of the OSCE’s co-operative and inclusive
approach to common and indivisible security.
....
上で言及した Wikipedia 記事の「関連項目」に「安全保障の不可分性」の意味を理解する上で
重要なポイントがある。つまり、この用語/概念は「(米ソ)デタント」という用語/概念と
密接に関係している。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヘルシンキ宣言_(全欧安全保障協力会議)
...
関連項目
米ソデタント
とは言え、リンク先のWikipedia 記事は(例によって)「記述の中立性」に疑念を抱かせる上、
用語/概念の説明として適切とは思えない内容なので、他の説明記事へのリンクも挙げておく。
- https://rekishi-memo.net/gendaishi/american_soviet_detent.html
- https://akademeia-literacy.com/international-relation/cold-war/
- http://www.historist.jp/word_w_he/entry/045416/
- https://kotobank.jp/word/デタント-576014
主題の用語/概念が成立した背景すら押さえていない、内容空疎で見当外れの議論が多い中で、
下記の修士論文は数少ない例外。つまり、潜在的な「敵対関係」を前提とする「信頼醸成措置」
との関連を解説している日本語の記事は、これしか見つからなかった。
http://www.ritsumei.ac.jp/ir/isaru/assets/file/ronsyu/ronsyu-04_Nitta-Yuko.pdf
3. NATO拡大問題との関連^
最後になるが、ロシアが「安全保障の不可分性/不可分な安全保障」という用語/概念に言及
するのは、NATO 拡大問題(その結果、ロシア国境周辺に、*核兵器や生物兵器でもありうる*
大量の武器を有する米軍基地が展開される事を含意する)での外交交渉の場なので、西側諸国の
「公式言説」がロシア側の*極めて論理的な*主張を無視するのは、まあいつもの事ではある。
その中にあって、ロシアが武力行使に踏み切る直前のNATO+米国との交渉での米国からの回答に
ついての下記論評は、数少ない「まともな記事」なので、一部を引用し言及しておきたい。
リークされたアメリカの回答文書について
http://eritokyo.jp/independent/Leaked-USandNATO-repliesto-Russia-ike29.html
「解説:池田こみち
独立系メディア E-wave Tokyo 2022年2月4日
...
アメリカは、ウクライナにミサイルや通常戦闘部隊を配備しない「相互約束」について議論する
用意があるとしているが、ロシア側にしてみれば、ウクライナに欧米が攻撃型武器を配備する
こととNATOが東方拡大することを別に考えることは不可能なのである。
それに対して、アメリカは「NATOは防衛的な同盟であり、ロシアに脅威を与えない」と主張し、
安全保障の不可分性についての解釈について議論する用意があるなどとして、レトリックに
走っている。
しかし、「議論する用意がある」などと言われる以前に、この回答は結局ロシアの怒りを
買った。アメリカ側は自分たちに都合のいい解釈でロシアの要求をはねつけようとしており、
回答書によって双方の深刻な相違が明確になったからだ。
さらに、アメリカは、過去の経緯、すなわちミンスク合意に自ら関与していないにも拘わらず、
今回のリスク回避の一環として、ロシア軍のウクライナ東部からの完全撤退を暗に要求して
おり、それはロシア側が到底合意できるものではなく、ロシア側のNATOの東方拡大を放棄する
ことを要求していることに西側が反対するのと同じ以上に難しい非現実的なものであることを
意味している。これまでの経緯からしてあり得ない提案なのである。....」
それにしても「NATOは防衛的な同盟」とは ... NATOの全ての武力行使例に鑑みて「噴飯もの」
というべきか「盗人猛々しい」というべきか .....
更新履歴^
2022-07-31 07:08 : 他記事からの参照可能位置にid付与
2022-10-04 09:15 : レイアウト変更、節へのリンク追加