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はじめに
1. 「経済の不安定性」に関する主流経済学の問題点
2. 「第2章 「ブラウン運動」で読む人の動き----群集心理...」の概要
-粒子説 (p.39-41)
-原子による市場 (p.41-43)
-ランダムな運動(p.43-45)
-変動あり、破綻のリスクもあり (p.45-48)
-電力嵐 (p.48-50)
-ネットワーク科学 (p.50-56)
-ネットワークを修理する (p.56-58)
3. 「べき分布」についての補足
更新履歴とシリーズ記事
はじめに^
「読書ノート:「なぜ経済予測は間違えるのか? 科学で問い直す経済学」(1)」に書いた
表題書籍の全体構成について、少し説明を補足する。
表題書籍の原著は2010年、日本語訳は2011年初めに出版されたので、リーマンショックを意識
した記述が多い。「経済は不安定」との観点からの主流経済学の問題点を指摘している第2章
から第5章では特にそうだし、第6章も「経済は不安定」との観点は強く意識されているため、
同様な傾向がある。ただし、第6章には主流経済学を「陽/男性原理」、同書の立場/修正案/
代替案を「陰/女性原理」に対応させることで、第1章では「還元論」対「複雑系科学の方法」
として提示した主流経済学との対立軸に「幅を持たせる」役割、および話題を同書後半の主題
である「経済は不公平」+「経済は持続不可能」に移行する節目としての役割があるようだ。
(この意味で、第6章では男女不平等の問題も取り上げられている)。
1. 「経済の不安定性」に関する主流経済学の問題点^
「読書ノート:「なぜ経済予測は間違えるのか? 科学で問い直す経済学」(2)」で挙げた
主流経済学の問題点 (a),(b) は、いくつか観点を追加すると、下記のように整理できる。
(A) ミクロでの(経済主体の性質についての)虚偽/誤り/事実に反する前提
(i) 経済主体は、他の経済主体の判断に影響されず、完全に独立して判断を行う。
- 実際は、多くの経済主体(個人や企業)が「群衆行動」を示す場合がある。
- 「独立した利己的経済主体」の概念に固執すること自体、経済システムがネットワークを
構成している現実を考慮した(=ネットワークとしての安定性確保のための)政策を妨げる。
(ii) 経済主体の判断は、常に、完全に合理的である。
- 行動心理学/行動経済学の知見によれば、多くの人間の行動は不合理で、「群衆行動」を
示す状況では特に不合理の度合いが大きくなる。
(B) マクロでの(経済システムの性質について)虚偽/誤り/事実に反する前提
(i) 均衡(/平衡)からのずれは、一般に小さく、しかも、直ちに/短期間で解消する。
- 実際は、しばしば存在する「「正のフィードバック」が働く状況」においては、変動幅が
時間と共に拡大していくため、変動が小さな範囲で収まるとは限らない。
- 主流経済学は、「常に負のフィードバックが働く」と根拠もなく(というより*誤って*)
仮定してしまっている。
(ii) 均衡(/平衡)からのずれは、言わば「小さな誤差」であり、正規分布に従う。
- 実際は、多くの経済事象での変動幅は「べき分布」に従い、「スケールフリー」であって
「典型的な大きさ」がない。すなわち、(正規分布を仮定した場合と比べて)極めて大きな
変動が、かなり大きな割合で発生する。
- にも関わらず、主流経済学の影響によって、経済事象の変動が正規分布に従うと(誤って)
仮定しているモデルに基づいた「リスク管理」が(特に金融業界で)されている事が、経済
システムの不安定性を助長する一因になっている。
大雑把には、第2章は (A)-(i)、第3章は (B)-(i)、第4章は (B)-(ii)、第5章は (A)-(ii) での誤りの
指摘に重点が置かれている。ただし、これらの誤り自体の間の関連の他、引用される事例や
エピソードが、「背景/伏線の設定」と「伏線の回収」といった雰囲気で、複数の章でのテーマに
関わっている場合も多い。また、第2章では、(A)-(ii) の問題についても「群衆行動」という
キーワードを提示している。次節で第2章の内容を概観する。
2. 「第2章 「ブラウン運動」で読む人の動き----群集心理...」の概要^
まず、第2章冒頭にある2つの引用のうち、前者「賭け事好きという有害なものが社会に浸透し、
その前では、万民と、個人のあらゆる美徳が押し流された。---- チャールズ・マッケイ『狂気と
バブル』(1848)」は p.46 の「群衆行動」への言及の予告であると同時に、第5章 p.130
「バブルのことは言わない」への伏線でもある。
なお、「社会などというものはない。---- マーガレット・サッチャー(1987)」という後者の
引用は、$「粒子説 (p.39-41) 」$、&「原子による市場 (p.41-43) 」&への導入である。
本文の最初に、前記 (A)-(i) に相当する全体の要約がある。
%「エコノミストは、経済とは、個々の投資家が、それぞれ独立して自身の効用を最大にしようと
した最終的な結果であると教えられる。この経済観 ---- 物理学の原子論と似ている ---- は
個人こそが重要と見て、社会の役割を軽視する。... しかし実際には、私たちはいつも互いに
影響を及ぼし合っている。... エコノミストが群衆としての市場のふるまいを無視したり軽視
したりしており、そのために経済危機を予測したり、それに対してしかるべく備えたりできない
ことを見る。...」%(p.37-38)
続きを「(どのように)虚偽/誤り/事実に反する」かで挙げた2つのポイントに対応させた
ブロックに分けて引用しておく。最初のブロックは「経済主体間の影響を無視する」モデルが
いかに馬鹿げているか示すことを意図している。
「粒子説 (p.39-41)$
19世紀の末、物理的な原子は理論に過ぎなかったかもしれないが、ウィリアム・スタンレー・
ジェヴォンズといった学者は、その原子の概念を熱心に取り入れていた。
...
19世紀には、統計力学という新しい分野の研究をする物理学者が、温度などの状態が、個々の
原子について起きていることよりも、統計学的な平均によって決まることも明らかにした。
ジェヴォンズはそれと同様に、人がそれぞれ違うという事実は無視し、集団の平均だけを考慮
することは可能だと信じた。...
# しかし、「べき分布」は、「平均が意味をなさない状況」を示す(*次節 3. を参照*)。さらに
# 言えば、統計力学での「平均」による説明は、系の熱平衡状態に対してのみ適用可能。
...
アインシュタインがブラウン運動を説明するより前の1900年、フランスのエコノミスト、ルイ・
バシュリエが、それとよく似た経済理論に達した。
# 本ブログ筆者注)アインシュタインの理論は後に実験で検証されるが、バシュリエの理論は、
# 第4章 p.91 の記述によれば「正規分布を使い ...値動きをモデル化した」ので (B)-(ii) の
# 誤り事例(例えば、「大暴落」は、値下がり幅と出現率が「べき分布」に従う事を端的に示す
# 現象。すなわち、正規分布に従う現象にしては、「大暴落」は頻繁に起こり過ぎている)。
# ただし、彼の理論の誤りは、次の箇所に出てくるユージン・ファマの「効率的市場仮説」の
# 誤りに比べれば「影響が小さい」と、表題書籍の著者は考えているようだ。
# ちなみに、「原発の安全神話」は、「事故の規模と発生率の分布についての誤り」の例。
...
原子による市場 (p.41-43)&
経済の原子論的理論は、1965年、最高潮に達した。これは、シカゴ大学のユージン・ファマが、
やはり博士論文で唱えた効率的市場仮説による。... 最も顕著なのは、他力に任せて動く原子と
同じく、人も市場でぶつかる以外には相互作用することはないとしているところだ。
この理論は、人が経済的判断をどう下すかを表す数理モデルとしては、きわめて奇妙だ。それが
大学で教えられていることも奇妙だと思う。社会学や、演劇、文学といった、これとは正反対の
立場をとりそうな、人文系の学問が教えられているような学部もあるだろうに。
...
ランダムな運動 (p.43-45)
... 効率的市場仮説は、突然の変化が存在することを予想しておらず、その点で間違っている。
... 経験が示すとおり、経済は実際の天気と同じく、様々であり変動する。
変動あり、破綻のリスクもあり (p.45-48)%
この変動の理由の一つには、人がニュートン力学に出てくる原子のようには行動せず、互いの
行動に作用し合っていることがある。市場は噂や趨勢のようなもので動かされている部分が
大きい。
...
効率的市場仮説は、人々の集団の方が個人よりも上手な判断ができるという考え方を根拠とする
ところがある。... しかし集団の力学が支配するようになると、この「群衆の知恵」はすぐ成り
立たなくことがある。」
次のブロックは、経済システムを*現実に則して*ネットワークとして理解することが、特に
*システムとしての安定性を確保する}上で、極めて重要である事を指摘している。
「電力嵐 (p.48-50)
...
信用収縮は、ゆっくりと世界中に広がっていく停電のようなものだ。...
では、そのような故障から身を守るためにできることがあるだろうか ---- それとも私たちは
いつも電力嵐にやられっぱなしなのだろうか。
ネットワーク科学 (p.50-56)
銀行システムと送電網は、テクノロジーによるネットワークの例だ。
...
堅牢なネットワークに共通する ---- しかし今のところ私たちの金融システムにはない ----
「設計原理」がいくつかある。モジュール性、冗長性、多様性、手順に沿った活動停止などだ。
...
ネットワークのモジュール性は、ネットワークが区画化される程度を指している。...
銀行システムもだんだん一体化してきて、いろんな汚染に弱くなっている。
...
予備として控えを保持することも、自然が採用して堅牢性を向上させている仕掛けだ。...
金融の世界で言えば、銀行が最低支払準備率を、高くしておくことの根拠となる。...
カナダの銀行は、信用収縮を比較的軽い傷で乗り切ったが、その理由の大半は、アメリカの銀行
よりも厳しい貸出規制があったからだ。
...
システムの多様性が高いと変化に適応しやすくなる。... 金融システムで言えば、事業戦略の
多様性に相当する。... 今回の危機では意外なことに、誰もが同じ戦略を採用しているらしい
ことが明らかになった。
...
人体にある細胞は、たとえば毒物や放射能にさらされて、内部に修復できない異常を起こすと、
アポトーシスと呼ばれる死に向けた手順の対象になる。...
リーマンが破綻したとき、その死はアポトーシスというより、壊死だった。
...
ネットワークを修理する (p.56-58)
... 銀行などの企業は、自己の短期的リスクについて心配することに多くの時間を費やすが、
システム的なリスクについてはあまり考えない。」
「べき(乗)分布」、「べき乗則」、「パレート分布」といった用語は、全て本質的には同じ
統計的現象について述べている。表題書籍では、第4章で詳述されている。
https://ultrabem-branch3.com/statistics/distribution/power_law
「概要: べき乗分布 power law とは、y = axk+ ε で表される分布である。」
# a, k, は定数。εは「x→∞のとき、xk との比が 0 に収束する(相対的には微小な)項」。
https://ja.wikipedia.org/wiki/冪乗則
「この関係は、両方の変数の対数をとるとより明らかになる。グラフに描けば、両対数グラフに
おいて、線型になる。片対数グラフで線型になるのは指数関数。 」
「冪乗則の関係の起源についての研究と、現実の世界で冪乗則関係を観察し、正当性を証明しよう
とする努力は、現代科学の諸分野において極端に活発である。活発な分野には、物理学、計算機
科学、言語学、地球物理学、社会学、経済学、経済物理学などもろもろ存在する。
「冪乗則を非常に興味深いものとする主な性質は、スケール不変性にある。 」
# 「スケール不変性」中の「スケール」は、「(地図などの)縮尺」といった意味。つまり、
# 「縮尺を変えても「同じ形」に見える」事が「スケール不変性」。axk の x を X = cx で
# 置き換える(縮尺を変更する)と、a(cx)k = a(ck)xk = ck (axk) なので(y = axk と
# いう関数の)グラフの「形」は同じ(y 軸方向の「縮尺が変わる(定数倍される)」だけ)。
下記のジェラルド・ワインバーグの警句も「現実のデータに「べき分布」が頻出する」ことの
指摘に他ならない。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ジェラルド・ワインバーグ
「両対数法則
どんなデータ集合でも、両対数紙上にプロットすれば直線になる。」(GMW07)
https://prograshi.com/life/thinking/be-careful-about-average-values/
「平均はとても便利な概念ですが、1つ注意しなければいけないことがあります。それは、
飛びぬけた数値を含む場合、平均は全く意味をなさなくなるということです。」