求菩提温泉 卜仙の郷く ぼ て ぼくせん さと ↑ 道端や田んぼの畦道に咲く彼岸花。
天狗 豊前市ぶぜん .のキャラクター
「豊前国」は、現在の福岡県東部及び大分県の北西部に属する。平安時代までは「とよくにのみちのくち」と読んだ。
豊前市は、福岡県の西部最南端で、そのすぐ南が大分県の中津に位置する。
漁協直営の漁師食堂うのしま宇島 .豊築丸 . . . 本文を読む
無戸室浅間神社むつむろ せんげん 祭神:木花開耶姫命このはなさくやひめのみこと洞穴めぐりが、「父と母の胎内」に帰り、再び地上に戻ることによって“生まれ変わる”と信じた。
左が社殿の胎内入口で右が出口
肋骨 (あばら)
母の胎内 岩から垂れる乳水滴を吸う
賽銭箱の上に木花開耶姫命このはなさくやひめのみこと
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世界遺産・富士山の「信仰の対象」「芸術の源泉」等を南館-北館に無料展示している。(2016年開館)
山頂をめざして登り拝む、富士山信仰の登拝(とはい)の姿を伝える。
木花開耶姫命このはなさくやひめのみこと像
祭の紹介 溶岩石筍せきじゅん 洞穴の溶岩がしたたり落ち積み重なった
先小御岳火山せんこみたけ に小御岳火山が覆い、小富士火山の上へ . . . 本文を読む
深海魚
幕末安政の大地震で破損、沈没したロシア軍艦ディアナ号の代艦ヘダ号を戸田で建造した記録や資料、ロシア海軍プチャーチン提督の遺品などを展示。
下左にディアナ号模型 右にヘダ号
今回は雨で見れなかった戸田御浜岬へだ みはまみさきと富士山
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「坑道めぐり(全長約400m)」してきた。
金山資料館には、ギネス登録された世界一の巨大金塊250kg(時価:約22億円)を展示中。
1370年代、足利幕府直轄の金山奉行が土肥を支配したのが土肥金山の始まりと伝えられる。
土肥金山は、江戸時代から昭和にかけて黄金時代を2度迎えた
佐渡金山に次ぐ生産量を誇った伊豆最大の金山。
歴代に金40トン、銀400トンを産出し、掘削坑道の総延長は100km、 . . . 本文を読む
黄金崎(こがねざき)馬の背
三島由紀夫が、西伊豆に滞在して小説「獣の戯れ」を執筆した文学碑があった。
此処から眺められる富士の絶景は雲に覆われて姿を見せず。
伊豆半島は、海底火山群が日本列島にぶつかってできた。
化粧の湯 源泉かけ流し
西伊豆の松崎町の山間、那珂川沿いに佇む。日帰り温泉600円。
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弓なりの海岸線が1.2kmにわたって続く弓ヶ浜。 宿の温泉
逢ケ浜おうのはま エビ穴・姑岩しゅうとめいわと雀岩(潮が満ちると雀が鳴いているように聞こえる)
三日月の大洞・その隣が遠国島
タライ岬
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昭和3年に庶民の温泉宿として開業。
玄関 右は中庭
【三浦按針コーナー】
ウィリアム・アダムスは、豊後臼杵の黒島に漂着。
家康に引見し、米や俸給を与えて慰留し、外国使節との対面や外交交渉に通訳と助言を求めた。
アダムスは家康の下命により、伊東・松川河口には厚みのある砂洲で「砂ドック方式」で帆船を造った。
この功績を賞し250石取りの旗本に取 . . . 本文を読む
別名、霞ヶ城・白旗城と呼ばれる。
二本松氏(畠山氏)の城を、伊達政宗が攻め落とした。
豊臣秀吉による「奥州仕置」以降は、蒲生氏郷や上杉景勝が会津若松城に入城し、二本松城はその支城として城代が置かれた。
江戸時代には丹羽長秀の孫にあたる光重が入城し、明治維新まで二本松藩としてつづいた。
箕輪門近くに幕末の戊辰戦争で若い命を散らした「二本松少年隊」の群像がある。
「二本松の菊人形」の . . . 本文を読む
蔵王温泉 新左衛門の湯
内湯(弱アルカリ人工泉)
蔵王温泉は強酸
露天風呂にお釜の湯の打たせ湯
宿の湯
この日は、早朝に肘折温泉の宿の湯につかり、昼は蔵王温泉の一軒に立ち寄り湯し、夕に宿の湯と3度温泉に入る。
蔵王酪農センター
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