テン・テン・ツク・テン・テケ・テン
怪談:『残業こわい』
え〜、おばんでやす。今夜は、ちょっ
と怖い怪談でっせぇ。
怖くない怪談って、あるかいなて?
そやけど、今夜の噺は特別怖いでっせ
え・・。
途中で恐うなって、逃げ出さんといて
や。
話してるワテも、お客はん放っといて
逃げるかも知れへんで・・。
ひゅ〜どろどろどろどろどろ・・・
係長「ほな、ワテは先に帰るでぇ・・」
ヒラ「へぇ、お疲れさんで・・。
ワテはもうちょいですワ・・」
大阪南の繁華街の外れにある13階建て
の建物「無気味商事」本社ビルは、建
築後90年ともいわれる、かなりのオン
ボロビルですねん。
昼間は大勢の社員達でごったがえす
ビルの中も、夜更けの11時ともなれば、
ガラ−ンとして静まり返ってしまいます。
ヒラ氏の机は8階業務部フロアーの
ほゞ真ん中へんですな。
9時頃、守衛はんが巡回に来た時、
「残業は、あんたはん一人やでぇ」と
言いながら不要な照明をみんな消して
行ったさかい、いまはヒラ氏の机の上
あたりの天井照明だけ・・。
フロアー全体は暗く、窓の外には、
遠くの繁華街のネオンの明かりがチラ
チラと見えてるだけでございます・・
ヒラ「あんまり静かやと、かえって落
ち着かへんなぁ・・。
せやけど、まだ仕事残とるし 」
そないなこと思いながら、椅子の背
にもたれて、う〜んと背伸びをした時
でんね、事務室の外の廊下をパタ・パ
タ・パタと、誰かがサンダルで歩いて
いる音が・・・。
ヒラ「おかしなぁ〜? 誰もおらんはず
やのに・・」
そう思いながら、トイレに行きたい
ところやったので、廊下に出てみたん
ですが、誰の姿も見えまへん・・。
エレベーターの前を通って、トイレ
に行きますと・・、
そこは照明も消されて真っ暗・・。
背筋がぞ〜っとするけど、用を足さな
しゃあないし、
・・こういう時って小便は長々と出る
もんで・・・
あわててトイレから出て、廊下を歩き
ながら、おゃっ?と気がついたんですな。
廊下は絨毯(じゅうたん)敷きですがな。
以前はPタイル敷きやったんやが、バブ
ルの頃、会社は金が余っとったもんや
から、絨毯敷きに換えとったんですワ。
ヒラ「変やなぁ〜? 絨毯敷きやのに、
パタパタ音が響くなんて・・」
不思議に思いながら、ふっと思い出
したんは・・、先輩から聞いた話で、
以前、このビルのこの階の窓から飛び
下り自殺したOLがいた、いうことや
・・。
ヒラ「やなことを思い出してしもた、
早う仕事片付けよ・・」
・・と机に向て仕事を始めよとした時、
薄暗い事務室の隅の方の一つの机の上
から、カタ・カタ・カタという音が聞
こえてきますがな・・・。
ヒラ「あれはキーボードを打つ音やな
いか・・?」
不審に思って、音のする方をジ〜ッ
と目をこらして見るんやが、誰もおら
へんようで・・・・・
そやけど、その音だけが、だんだんヒ
ラ氏の机の方へ近付いて来るようです
がな・・。
ヒラ「ヤバッ!か・帰ろ。
!仕事はあしたや」
そゝくさと身の回りを片付けて廊下
に飛び出し、エレベーターの前まで来
て、あわててボタンを押します・・。
・・そやけど、こういう時に限ってエ
レベーターはよう昇がって来まへん・・。
ヒラ「なんや〜?
早う昇がって来んかい?」
エレベーターはなんと、各階停止で
昇がってきますねん。
そうしてる間にも、キーボードの音は
近付いて来よります・・
ヒラ「あぁ、じれったいでぇ、ほんまに。
何で各階に停まるんや?
あせるでぇ・・」
やっとのことで、エレベーターは8 階
まで来て停まり、扉が開いたと思たら、
中にOLらしき若い女性がひとり、うつ
向いて立ってますねん・・
ヒラ氏は、ギョッとしながらも・・・
ヒラ「こない遅く仕事でっか?」
・・と声をかけましたねん。
・・OLがうつむいていた顔を、ス---ッ
と上げたとたん・・・
ヒラ「ぎゃひーっ !! 」
・・ヒラ氏はその場に固まってしもた
・・。
なんとOLの青白い顔は・・・、口はお
でこのあたりにあり、
目はあごのあたりに離ればなれ、
鼻はほっぺたの横のあたり・・と、
てんでんばらばらについてまんね・・。
丁度、正月の福笑いみたいでんな・・。
そして、それらが妙に生々しく、
ひくひくと痙攣(けいれん)してまんね。
正月の福笑いやったら笑えるけど、
この場合は、そうはいきまへん・・。
ヒラ「ひぇーっ !! 」
ヒラ氏は、一目散にその場から逃げ
ようとするんやが、足がもつれて宙を
泳いでるような感じですがな・・。
それでも階段の方へ駆けて行き、
ダダダダダ・・・と必死で階段を駆け
降りるんやが、
8階から1階までは相当ありますねん。
ヒラ氏が必死で駆け降りているあいだ
も、コツ・コツ・コツ・・と
ハイヒールの足音が背後からゆっくり
と聞こえて来ますがな・・。
ところが、いくら駆け降りても階段室
から外へ出る扉が見つかりまへん・・。
ヒラ「おかしなぁ ?? 扉は各階にあるは
ずやのに・・、えらいことになり
にけりやでぇ・・!!」
ヒラ氏は錯乱状態になって、なおも
「終わりの無い階段降りゲーム」を
やっているようなもんですな。
ところで不思議なことに、ヒラ氏がい
くら猛スピードで駆け降りても、
コツ、コツ、コツ、・・・というゆっ
くりしたハイヒールの音は、
相変わらずヒラ氏の2〜3メートル
後ろあたりから聞こえてきますねん。
ヒラ氏は駆け降りながら、ヒョイと
後ろを振り返って、ゾ−ッとしました
ですな !
なんと、手の届くところにそのOL
がついて来ているんですから・・。
ヒラ氏は「ヒーッ !!」と悲鳴をあげる
と、その瞬間、バランスを崩して回転
するように前のめリにつんのめると、
そのまま暗い穴の中をまっ逆さまにど
こまでも落ちて行ったんですな。
ようやく、地面らしき所へストンと
着地したので、たりを見回すんですが、
暗くて、ここがどこだか見当もつきま
へん。
そのとき、「逃げられへんで・・」
いきなり背後から、くだんのOLの声が
したんですな。
「ひぇーっ」哀れなヒラ氏は、うずく
まって両手で両耳をしっかりと塞いだ
んですが、・・・
OL「そないなことしても、無駄やね
ん。ウチは霊の心で話し掛け、
あんさんは、霊の心で聞こえて
るさかい・・・」
ヒラ「へ、へい、ごごもっともで・・」
OL「ウチの頼みを聞いて欲しいのや」
ヒラ「た、頼み・・て、なんやねん?」
OL「ウチは、失恋して、先年このビル
の8階から飛び下り自殺したOLや
ねン」
ヒラ「ひぇーっ ! やっぱし・・ナムア
ミダブ、ナンミョウホーレンゲキ
ョ・・」
OL「ウチの自殺が引き金になって、
年老いた父母は心労のため、
相次いで鬼界に入ってしもたね
ン」
ヒラ「そ、それは、お気の毒な・・」
OL「このために、ウチの家系は絶え、
ウチらは無縁仏に・・
ウッ、ウッ、ウッ・・・」
ヒラ「そ、そない、泣かんと、・・」
OL「そこで、・・あんさんへ頼みがあ
るねん・・」
ヒラ「へ、へぃ・・」
OL「ウチらの菩提寺の住職に会うて、
ウチらの永代供養を頼んで欲しね
ん」
ヒラ「わ、わかりましてんね・・、
で、お寺は・どちら・?」
OL「ご案内します・・」
そう言い終わる間もなく、ヒラ氏の体は、
またもや暗いトンネルの中に引き込まれ、
ストンと着地した所は、どうやら墓地の
ようですな。
・・と、ヒラ氏の目の前に”△△家の墓"
と書かれた墓石が、ひとつだけボーッと
青白く光って立っています。
ヒラ「ひゃあっ、こ、これや・・」
ヒラ氏は、よろよろと立ち上がって、
あたりを見回すと、
ここは山里の小さな村らしく、
近くに古いお寺も見えます。
おぼろ月夜のかすかな明かりを頼り
に、ようやっとお寺にたどりつき、
入り口の戸をコンコンと叩きます。
「こんな夜更けにどなたかな?」
奥から住職らしき老僧が出て参り
ましたな。
ヒラ氏はやっと生きた人間に会え
たので、ホッとして、いままでの
いきさつを一部始終話します。
住職「ほーっ、それは恐い体験を
されたのぉ・・。
ご安心なされよ。
わしがねんごろに弔ってさ
しあげよう」<
ヒラ「へぇ、おおきに、おおきに !!
これで安心ゃ。ほな、わては
これで・・」
住職「どちらまでお帰りかな」
ヒラ「へぇ、大阪でんね」
住職「なら、明朝の新幹線で帰られ
ては・・」
ヒラ「ええっ、新幹線 ?
あのー、ここはどこでっしゃ
ろ ? 」
住職「岡山ですがな」
ヒラ 「ええっ、えええーっ!?」
住職 「でも、ご安心なされよ。
あなたの連れの女性が、
今夜つれて帰ると申し
てますよって・・」
ヒラ「つつつ、連れの女性って、
まさか、あの・・
ひぇーっ ! 」
とことん哀れなヒラ氏の身体は、
またもや暗いトンネルの中を
ツツツーと吸い込まれて、
またストンと着地した所は、
なんと、・・・会社のヒラ氏の
机の前でした。
ヒラ「もおー!残業こわい・・」
おたいくつさまで
(やじうま亭より)
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