TPPという主権喪失~日本の国益を売り渡す「売国」のカラクリ=三橋貴明
2016年2月7日 ニュース
ニュージーランドでTPP署名式が行われました。TPPについて「主権侵害である」という認識のもと、反対の論陣を張ってきた者として、斬鬼の念に堪えません。特に、「関税自主権」を取り戻すために、国家を上げ取り組み、二度の戦争を戦い抜いた我が国の先人に対し、恥ずかしく、情けない気持ちでいっぱいです。(三橋貴明)
(1)~関税自主権の喪失
(2)~TPPが発効したとしても、日本の対米輸出が短期で増えることはあり得ない
(3)~「投資」に関する「内国民待遇」が協定文に入っている
(http://www.mag2.com/p/money/7326)
TPPは「平成の売国」である。そう言わざるを得ない3つの理由
TPPのここが「売国」(1)~関税自主権の喪失
TPPは「関税自主権」のみならず、医療、金融、公共調達などのサービス分野に加え、「投資」の自由化までをも含む幅広い「主権喪失」になります。TPPの批准を防ぐ努力をすると同時に、このまま国会で批准されるとしても、各種の法律で歯止めをかける必要があります。
そのための材料は国会議員に直接、提供し続けていますが、本日のエントリーでは最も分かりやすい「関税」について取り上げます。
TPP暫定合意によると、関税の撤廃については以下の通り協定が締結されることになります。
いずれの締約国も、この協定に別段の定めがある場合を除くほか、原産品について、現行の関税を引き上げ、又は新たな関税を採用してはならない。
各締約国は、この協定に別段の定めがある場合を除くほか、原産品について、附属書二-D(関税に係る約束)の自国の表に従って、漸進的に関税を撤廃する。
まさに、関税自主権の喪失以外の何ものでもありません。
ちなみに、附属書二-Aは輸出入の「内国民待遇並びに輸入及び輸出の制限」なのですが、そこに日本の「措置」はありません。カナダやアメリカ、ベトナム、メキシコなどは、様々な「措置」で例外を残しているのですが、日本の場合は全面的に内国民待遇というわけです(内国民待遇とは外国の企業・投資家を自国の企業・投資家と同等「以上」に優遇することを言います)。
附属書二-D(ちなみに、980ページあります)には、農業関連の関税について細かい「表」があり、コメなどについては関税が維持されています。コメはアメリカとオーストラリア向けに無関税の輸入枠(7.8万トン)を設置し、現行関税は維持。牛肉は、38.5%の関税を段階的に9%にまで引き下げ、などになります。
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とはいえ、関税が維持された重要五品目についても、最終的には「例外なき関税撤廃」ということになりそうです。
交渉参加国による署名式を四日に控える環太平洋連携協定(TPP)をめぐり、国を相手に違憲訴訟中の弁護士らが協定案の英文を分析し、すべての農産品の関税が長期的に撤廃される恐れがあるとの結果をまとめた。
他の経済協定にある関税撤廃の除外規定が、聖域と位置付けたコメなどの「重要五項目」も含め、ないことを指摘。聖域確保に関する条文上の担保がなく、将来的に「関税撤廃に進んでいく」と懸念している。
分析したのは「TPP交渉差し止め・違憲訴訟の会」の幹事長を務める弁護士の山田正彦元農相、内田聖子・アジア太平洋資料センター事務局長、東山寛北海道大准教授ら十人余りのチーム。
協定案の本文では農産品の関税に関し、参加国に別段の定めがある場合を除き「自国の表に従って、漸進的に関税を撤廃する」(第二・四条の二項)と明記している。日豪の経済連携協定(EPA)など他の経済協定では、同様の条文で「撤廃または引き下げ」と表現する。TPPは規定上は引き下げの選択肢を除いている。
それでも関税が維持された日本のコメや牛肉などの重要五項目の扱いは、付属文書の記載が根拠になっている。
だが付属文書でも、TPPと日豪EPAなどの経済協定には違いがある。日豪EPAなどには「除外規定」が設けられ、コメは関税撤廃の対象外。TPPには除外規定はなく、逆に発効七年後に米、豪などの求めがあれば、日本のすべての関税に関し再協議する規定がある。<後略>
出典:全農産品で関税撤廃の恐れ TPP協定案を弁護士ら分析 – 東京新聞
東京新聞の記事にもある通り、日豪EPAが、「締約国は、別段の定めがある場合を除くほか、自国の表に従って関税を撤廃し、または引き下げる」と、「または引き下げる」という文言が入っているのに対し、TPPは、「締約国は、別段の定めがある場合を除くほか、漸進的に関税を撤廃する」となっています。
また、関税撤廃の除外規定は、日豪EPAにはあるのですが、TPPにはありませんでした。
しかも、再協議に対する考え方が、日豪EPAは、「合意を先送りした品目」が対象であるのに対し、TPPは七年後に、「一度合意したものを含め全般について再協議」と、なっています。
要するに、一度「関税を残す」と判断された農産・畜産品についても、七年後に再協議し、「関税を撤廃する」を目指すという話です。しかも、この「七年後の再協議」が義務付けられたのは、我が国だけなのです。
コメや牛肉などの関税は、「七年間の猶予」で残された、という話である可能性が濃厚です。何しろ、そもそもTPPは「例外なき関税撤廃」であり、条文でも「漸進的に関税を撤廃する」になっているわけでございます。ちなみに日本の農産物関税について「別段の定め」がないか、探してみたのですが、特にありませんでした。
安倍総理は、TPP暫定合意を受け、聖域五品目の関税維持など自民党の公約に関し、「約束はしっかり守ることができた」などと語っていましたが、現実には「関税撤廃時期の先延ばし」をしたに過ぎないのです。
結局、TPPにより日本は再び関税自主権を喪失し、同時に「関税撤廃」を強いられた。という話になるわけでございます。
ちなみに、高鳥修一副大臣は、2011年5月11日のご自身のブログ「TPPについて(平成の売国) 」において、
私はTPPについて国家主権の放棄であり、平成の「開国」どころか平成の「売国」だと考えている。政治家の中にもいろんな考えや判断があるけれど、TPP問題は日本を守る断固とした決意のある「保守政治家」か否かのリトマス試験紙みたいなものだ。
と書いていらっしゃいます。リトマス試験紙は、高取議員を「日本を守る断固とした決意のある保守政治家」ではないと、判断したようですね。
日本やアメリカなど12か国が参加したTPP=環太平洋パートナーシップ協定の署名式がニュージーランドで行われました。各国は、早期発効に向けて議会の承認を求めるなど国内手続きを急ぐことにしています。
TPP=環太平洋パートナーシップ協定の署名式は、日本時間の4日朝、協定文書の取りまとめ役を務めたニュージーランドのオークランドで行われました。日本の高鳥内閣府副大臣をはじめ閣僚らは、ニュージーランドのキー首相の立ち会いのもと文書に署名し、12人全員の署名が終わると同席した交渉担当者らから拍手と歓声が上がりました。<後略>
出典:TPP 12か国が協定署名 各国が国内手続き急ぐ – NHKニュース
TPPのここが「売国」(2)~TPPが発効したとしても、日本の対米輸出が短期で増えることはあり得ない
さて、TPPの関税問題(物品の市場アクセス)に対する他国の姿勢ですが、最も典型的な「工業製品」について書いておきます。
2015年10月20に内閣官房から公開された「TPP関税交渉の結果」によると、工業製品に関する各国の関税「即時」撤廃率は以下の通りとなっています。(単位は%)
日本 99.1
アメリカ 67.4
カナダ 68.4
ニュージーランド 98.0
オーストラリア 94.2
ブルネイ 96.4
チリ 98.9
マレーシア 77.3
メキシコ 94.6
ペルー 98.2
シンガポール 100
ベトナム 72.1
吃驚する方が多いでしょうが、実は工業製品の関税即時撤廃率が最も低いのが「アメリカ」なのです。逆に、日本の即時撤廃率はシンガポールに次いで高くなっていますが、我が国はそもそも工業製品についてほとんど関税をかけていません。即時撤廃率とはいっても、TPP発効後に日本が関税を改めて撤廃する分野は、工業用アルコールや繊維製品など、極一部に限られています。
また、同じく2015年10月に経済産業が公表した「TPP協定における工業製品関税(経済産業省関連分)に関する大筋合意結果」によると、アメリカは日本からの輸入が多い自動車分野において、乗用車(現行2.5%の関税率)は15年目に削減開始、25年目で撤廃。バス(同2%)は10年目に撤廃。トラック(同25%)は29年間、関税を維持した上で、30年目に撤廃。キャブシャシ(同4%)は15年目に削減開始、25年目に撤廃となっています。
アメリカが自国の自動車市場について、競合である日本製品から「保護する」姿勢を見せているのは明らかです。
ご存じ、アメリカはUAW(全米自動車労組)が大きな政治力を持っている以上、当然でしょう。特に、アメリカ政府は利幅が大きいSUV(スポーツ・ユーティリティ・ビークル)を「なぜか」含むトラックの関税について、可能な限り高く、長期間維持しようとするわけです。SUVはビッグスリーの命綱であるため、簡単に関税が撤廃されるはずがないと予想していたわけですが、やはりそうなりました。
また、自動車部品については、ギアボックス(同2.5%)などについては即時関税が撤廃されるものの、車体(同2.5~4%)は6年目、タイヤ(同3.4~4%)は10年目。電気自動車用リチウムイオン電池(同3.4%)については、15年目に撤廃となっています。
日本の対米輸出を財別にみると「自動車」が26%(2014年)を占め、財別シェアでトップです。そもそも、関税率25%トラックを除き、アメリカの自動車関連の関税率は総じて低いのです。「低い関税」の撤廃時期が、乗用車は15年目以降、関税率が高いトラックは30年目以降となっていることになります。
図の通り、TPP参加予定国に対する日本の輸出を国別にみると、約60%がアメリカであり、圧倒的なシェアを占めています。TPPが発効したとしても、日本の対米輸出が短期で増えるなどということはあり得ません。
逆に、我が国は医療、金融、公共調達、知的財産権等の構造改革を強制され、聖域だったはずの農産品についても、七年後に「関税撤廃へ向けた再協議」という話になってしまったわけです。一体全体、何のための「TPP」なのですか。
我が国の各種安全保障の弱体化と引き換えに、アメリカを中心(日本も含みます)とするグローバル投資家、グローバル企業の「利益を最大化する」こと以外に、何か目的があるとでも言うのでしょうか。
日本にとって、最大のメリットは(無理矢理探すと)、アメリカのトラック(SUV含む)の関税撤廃ですが、30年後のことです。それまで、25%の関税はガッチリと維持されます。30年後には、日本の構造改革は完了していることでしょう。
今後、TPP「批准」に向けた国会議論が本格化するのでしょうが、この手の具体論に基づき、議論が交わされることを切に願います。
次に、最も深刻な「投資」について書きます。
毎日新聞は「日本も甘利明前TPP担当相の辞任により、今後の国会審議は波乱含み」などと書いていますが、そうではないでしょ。「中身」について議論し、揉めましょうよ。
環太平洋パートナーシップ協定(TPP)参加12カ国は4日、ニュージーランドのオークランドで協定文に署名した。これにより、関税引き下げやルールの統一化などの合意内容が確定し、今後は発効に向けた各国の国内手続きが焦点となる。ただ、米国では大統領選が本格化して審議の難航が必至の情勢。日本も甘利明前TPP担当相の辞任により、今後の国会審議は波乱含みだ。
出典:『TPP協定署名 焦点は国内手続き 日米は審議に暗雲も – 毎日新聞
最悪、批准された場合に、法的な「手当」を行う必要があります。そのためには、TPPの「中身」について議論する必要があります。人事(甘利大臣の辞任)は本質でも何でもありません。
TPPのここが「売国」(3)~「投資」に関する「内国民待遇」が協定文に入っている
というわけで、個人的に最も「危険」だと考えている「投資」について。特に、「投資」に関する「内国民待遇」が、協定文に入っているという現実を知って下さい。以下、ソースは「TPP政府対策本部 TPP協定(仮訳文)について」です。
「投資」では、最恵国待遇についても定められていますが、今回は内国民待遇に絞りますので、ご留意ください。
第九・四条 内国民待遇
1 各締約国は、自国の領域内で行われる投資財産の設立、取得、拡張、経営、管理、運営及び売却その他の処分に関し、他の締約国の投資家に対し、同様の状況において自国の投資家に与える待遇よりも不利でない待遇を与える。
2 各締約国は、投資財産の設立、取得、拡張、経営、管理、運営及び売却その他の処分に関し、対象投資財産に対し、同様の状況において自国の領域内にある自国の投資家の投資財産に与えるよりも不利でない待遇を与える。
3 1及び2の規定に従って締約国が与える待遇は、地域政府に関し、当該締約国に属する当該地域政府が同様の状況において当該締約国の投資家及び投資財産に与える最も有利な待遇よりも不利でない待遇とする。
第九・十二条 適合しない措置
1 第九・四条(内国民待遇)(略)の規定は、次のものについては、適用しない。
(a) 締約国が維持するこれらの規定に適合しない現行の措置で合って、次に掲げるもの
(i) 中央政府により維持され、附属書Iの自国の表に記載する措置
(ii) 地域政府により維持され、附属書Iの自国の表に記載する措置
(iii) 地方政府により維持される措置
2 第九・四条(内国民待遇)(略)の規定は、締約国が附属書IIの自国に記載する分野、小分野又は活動に関して採用し、又は維持する措置については適用しない。
4 いずれの締約国も、この協定が自国について効力を生じる日の後に、附属書IIの自国の表の対象となる措置を採用する場合には、他の締約国の投資家に対し、その国籍を理由として、当該措置が効力を生じた時点で存在する投資財産を売却その他の方法で処分することを要求してはならない。
5 第九・四条(内国民待遇)の規定は、次の規定によって課される義務の例外又は特別の取り扱いの対象となる措置については、適用しない。
(i) 第十八・八条(内国民待遇)の規定
(ii) 貿易関連知的所有権協定第三条の規定
条文や附属書が入り乱れており、分かりにくいと思いますが、附属書I(締約国別の定義):投資の留保事項、つまりはネガティブリストです。
※I.附属書I 投資・サービスに関する留保(現在留保)(各国共通部分:注釈)[PDF:58KB]
※I.附属書I 投資・サービスに関する留保(現在留保)(日本国の表)[PDF:261KB]
読めば分かりますが、留保事項とは各種の「規制」です。例えば情報通信業について、「NTTの外資規制」等の規制については、内国民待遇の対象とはしません。といったことが定められています。
放送事業と同じく、NTTは株主の三分の一を超える外国人株主は認められていません。当然といえば、当然ですが、この外資規制はTPP批准後も維持されます。
そういえば、「放送事業」や「NHK」に関する留保が見当たらなかったのですが、お時間がある方、調べてみてくださいませ。まさか、ないはずがないと思うのですが…。
附属書IIは、関税維持(とりあえず)に関する措置です。第十八・八条は、知的財産権に関する規定です。
さて、上記の通り、投資の内国民待遇は「ネガティブリスト」方式です。すなわち、「新たな投資分野」が生まれたとき、それがいかなる分野(安全保障の根幹であっても)であったとしても、内国民待遇が適用されます。
というわけで、TPP批准後に、全農(全国農業協同組合)が株式会社化され、その後、譲渡制限が緩和されたとき、「カーギルによる全農買収を防ぐ術はない。外資規制を(TPP締約国に対しては)かけられない」という話なのです。そして、カーギルに全農を買われたとき、我が国の食料安全保障は崩壊します。すなわち、国民の主権に基づき、食料安全保障を維持することができなくなり、「亡国」に至るのです。
さて、これでも、「TPPは別に主権喪失ではない!」と、TPP推進派は言い張るのでしょうか。無論、「別に、主権とかなくなっても構わないし」という価値観をお持ちなら、それはそれで構いませんので、議論をしましょうよ。
ことは国民の主権にかかわる話ですから、正しい情報に基づく議論を積み重ねる必要があるでしょ?特に、国会議員の皆様に申し上げます。
正しい議論をするために、本情報を拡散して下さいませ。よろしくお願いいたします。