出色のアレンジワークで魅せる、アダルト&シックな“ice”ワールド。
客席の間からステージインした4人。特別飾り立てることもなく、おもむろに演奏を始めると、“ICE”という有機的なユニットで鳴らしてきたものたちが創り上げてきた美しいサウンドが、岩を穿つ雫のようにゆっくりとフロアに染み渡っていく。
バンド・セットを観賞するのは、アコースティックなステージを中心に活動しているヴォーカルの国岡真由美が「ようやく(バンドを)やってもいいかな」と思い、デビュー25周年のアニヴァーサリーも重なって開催した2019年の横浜BAY HALL公演(→「ICE@横浜Bay Hall」)以来。その時はパーカッションやコーラス隊も含めた編成だったが、今回はギターレスによる4人編成(当初は国岡がギターを演奏することも考えたが、本人曰く「足手まといになるので」ということでギターレスに)。“しっとりとした大人な雰囲気で”というコンセプトのもと、普段はキーボードやシンセを鳴らす崩場将夫は、国岡の希望もあってか、ピアノ・オンリーで、ベースの小川真司は数曲でウッドベースを担い、曲の嚆矢となるカウントアップをとる山下政人がエナジー溢れるドラミングを繰り出していく。
第1部は「CAN'T STOP THE MUSIC」から幕開け。セクシーな国岡のヴォーカルや“エイ”という山下の掛け声と活力あるドラミングなどが耳に飛び込み、一瞬にして眼前に“ICE”ワールドが展開されていく。「今回は“しっとり系”で」ということだったが、いわゆるオーガニックな雰囲気のものではなく、ミディアム・スロー~スローなテンポでも身体が自然とリズムを取ってしまう、躍動感が粒立つバンド・サウンドが横溢していく。
続く「Monkey Communication」では、ゴリゴリとしたベースと低音でソリッドな鍵盤がハードボイルドな音を鳴らして一気にアダルトな世界を創り上げたかと思うと、「未発表曲なので正解が分からないと思うんですけど、今日の演奏が正解ということで」とのフリから始まった未発表曲では、緩やかなバックビートとメランコリックなヴォーカルが重なるラヴァーズロックを展開。さらに“しっとり”というには軽過ぎる褐色で濃密な「I'M IN THE MOOD」、25周年公演のアンコールでも披露した未発表曲で、夢見るような可憐さも帯びたジャズ・ヴォーカル・テイストのスロー・バラード「Walking On The Moon」、夕陽に照らされキラキラと光り輝く水面ようなな美しさを想起させる鍵盤の調べとともに黄昏の光景を想起させるミディアム「SUNDOWN」と続いていく。
ただ、ここで、“しっとり系で”というから、そのままのテンションで終盤へと流れ込むと思いきや、スタイリッシュなジャジィ・テイストに寄せながらも颯爽と吹き抜ける風のようなアレンジで展開する「Love Makes Me Run」へ流れ込むという演出には、意表を突かれてしまった。ICEのライヴでは聴き慣れているはずの「Love Makes Me Run」もいっそう新鮮に感じられ、鼓動が高まるばかりだったが、それからじんわりと沁み込む「kozmic blue」で第1部のラストをまとめたものだから、そのテンションや抑揚の落差もあって、「kozmic blue」がいつも以上に美麗で深遠な青の世界を見せてくれているような気がした。
第2部は、オリジナルの推進力あるロッキンなテイストとはやや異なる、セクシーな「LIVIN' IN THE CITY」から。小川のドライヴィンなベースと山下のタイトなビートが探偵映画のようなクールでドラマティックな世界観に大きく貢献すると、ワイルドと妖艶を纏った「JUNKFOOD JENNY」へ。ディテクティヴな物語が続いているかのような、ノワール風の“やさぐれ”も醸し出しながら洒脱でシネマティックな音像や構成で、オーディエンスの胸騒ぎを誘発してくれた。演奏終わりとともに弾けた拍手が、このパフォーマンスの良さを端的に示していたように思う。
「FLOWER」に続いて披露した、こちらもタイトルがない未発表曲では、ギターレスかつ生ピアノという編成の特性を活かした、大人のラヴアフェアを描くような芳潤たるジャズ・チューン。第1部の「Walking On The Moon」ではややバリバリとノイズが入っていたウッドベースも、ここでは完全に修正。滋味に富む漆黒のベース、ドンドコという低音とシャッフルなシンバルを叩くドラム、リズミカルで洗練なピアノとが三位一体となってクライマックスへと導くアウトロは圧巻だった。
同じく漆黒で跳ねるベースとスウィートに踊る鍵盤がシャッフルなリズムを生む「BIG BEAT FROM THE CITY」は、国岡のスキャットパートも手伝って、洒脱なジャズ・ポップスへと変貌。だが、それだけでは終わらず、途中から山下の畳み掛けるようなドラムソロを展開。MCで山下に何度も「マイクあるんだから喋れよ」と弄られていた崩場が頬杖をつきながら「あの人、ドラム叩くと活き活きしてるわ」とでも言いたげに見える表情を見せていたのが印象的だった。
崩場を弄ろうとする山下、それには何食わぬ顔でやり過ごしながら、一方でおどけた表情を作って演奏中に笑わせようとする崩場と小川、そんな3人が奏でる上質な音のシャワーをステージの中央で受け、思いのままに身体を揺らす国岡という光景は、盟友として時を重ねてきた者たちゆえになし得る珠玉の瞬間なのだろう。「BIG BEAT FROM THE CITY」終了後に国岡が発した「久しぶりの4人でのライヴなんですけど、やっぱり気持ちいいな、楽しいな」という言葉は、心底から実感に溢れていた。「また11月も(ライヴを)やろうかな」という言葉も飛び出し、オーディエンスを破顔させてくれた。山下も「こんな楽しかったら、やり続けたいよね」と歓喜を煽る。
ゆったりとしたアフタービートがピースフルな彩りを添えるレゲエ・テイストの「SONG BIRD(Flyin')」、国岡の靴のソールが剥がれるハプニングに見舞われるも「ま、気にせず」という“らしい”やり過ごしを挟みつつ、アップリフトなピアノをはじめ、希望や活力に満ちた曲調が耳を惹く「Love Keep Up Together」を経て、本編ラストは「みなさんご存じのこの曲で」というフリで十分ファンには伝わる「WAKE UP EVERYBODY」でエンディング。マクファデン&ホワイトヘッドが書き、テディ・ペンダーグラスのリード・ヴォーカルで歌われたハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツのフィリー・ソウル・クラシックス「Wake Up Everybody」をモチーフにしたこの曲は、優しくも社会への慧眼を持つリリックに“ICEらしさ”を湛えた、日本ポップス史における傑作の一つ。これをインパクトを強めるためにエキセントリックに演るのではなく、あくまでも肌の温かさを伝えるかのごとくナチュラルにセッションすることで、オーディエンスへの訴求力を高めている。個人的には、イソップ寓話「北風と太陽」の“太陽”をJ-ソウル的になぞらえた楽曲といえるのでは、などと勝手に思っていたりする。
ステージアウトする最中から、当然起こるクラップの波。アンコールは「SHINE」と「PEOPLE, RIDE ON」という、余計な言葉は要らないセレクトで幕。「PEOPLE, RIDE ON」では“夢は消え歌は残る”と歌われるが、ICEは“ice”と形を変えたけれど、歌自体はもちろん、バンド・メンバーとともにステージでパフォーマンスしていく夢も続いている。 メンバーがステージアウトした後には、国岡が「このライヴにはそぐわないと思ったのですが、どうしてもやりたい」ということで、最近吹いているという笛(リコーダー)の演奏を。ファンへのちょっとしたプレゼントとなった。
スタンディングならではのロックなスタイルではないものの、ICEの楽曲群の質の高さとバンドのバランスが何より絶妙といえるステージ。特にこの編成ならではのアレンジワークが秀抜だった。酸いも甘いも嚙み分けてきたバンドから発せられるきめ細やかなグルーヴと、バンドながらもポップ・ミュージックとしてのアウトプットを怠らないアプローチを成立させるバンドは、近年の音楽シーンでは稀有な存在ではないだろうか。ライヴは生き物ゆえ、一つとして同じステージはないが、殊に音鳴りに関しては、以前と遜色ない若さを変わらずに漲らせている。以前の赤坂BLITZやSHIBUYA AXなどの多くの観客の前でのパフォーマンスとは規模やスタイルも全く異なるが、楽曲に古さを感じさせないタイムレスな音像は、時を重ねた現在でも不変だった。
前述のように、11月には再びライヴを予定しているとのこと。ライヴを終えたばかりだが、早くもその時が訪れないかという想いも満ちている。しばらくはアルバムを聴き返しながら、その時を待ちたい。
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<SET LIST>
≪Section 1≫
01 CAN'T STOP THE MUSIC (*MS)
02 Monkey Communication (*SD)
03 “UNTITLED”(unreleased song)
04 I'M IN THE MOOD (*WM)
05 Walking On The Moon(unreleased song)
06 SUNDOWN (*HL)
07 Love Makes Me Run (*SD)
08 kozmic blue (*I3)
≪Section 2≫
01 LIVIN' IN THE CITY (*MS)
02 JUNKFOOD JENNY (*WE)
03 FLOWER (*WE)
04 “UNTITLED”(unreleased song)
05 BIG BEAT FROM THE CITY (*TR)
06 SONG BIRD(Flyin') (*SL)
07 Love Keep Up Together (*HL)
08 WAKE UP EVERYBODY (*WE)
≪ENCORE≫
09 SHINE (*WM)
10 PEOPLE, RIDE ON (*MS)
≪ENCORE EXTRA≫
11 playing the recorder(English flute)only by Mayumi Kunioka
(*WE):song from album“WAKE UP EVERYBODY”
(*I3):song from album“ICE III”
(*WM):song from album“We're In The Mood”
(*SD):song from album“SOUL DIMENSION”
(*MS):song from album“MIDNIGHT SKYWAY”
(*TR):song from album“TRUTH”
(*SL):song from album“Speak Low”
(*HL):song from album“HIGHER LOVE ~ 20th Anniversary Best”
<MEMBER>
国岡真由美(vo)
山下政人(ds)
小川真司(b)
崩場将夫(p)
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【ICEに関する記事】
・2013/10/04 ICE@下北沢GARDEN
・2015/03/19 ICE@BLUES ALLEY
・2019/01/26 ICE@横浜Bay Hall
・2019/10/12 My Favorite Songs of ICE〈prologue〉
・2019/12/16 My Favorite Songs of ICE〈epilogue〉
・2021/09/26 国岡真由美 with ice BAND @ BLUES ALLEY JAPAN(本記事)
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