赤と青、二つの舞台で示した感謝と進化の予兆。
毎年自身の誕生日である1月28日やその近辺にバースデーライヴを行なっている脇田もなり。2021年は当初1月24日を予定していたが、コロナ禍における緊急事態宣言もあり、残念ながら公演延期に。それでも各関係者らの尽力もあって、誕生日から1ヵ月ほどの遅れだけで〈MONARI WAKITA BIRTHDAY LIVE ~DAY & NIGHT~ "Up & Coming"〉の開催に漕ぎつけた。1stショウは赤をテーマカラーにアップテンポな楽曲を、2ndショウは青をテーマカラーにアダルトなムードで、とそれぞれ趣向を変えた2部構成というコンセプト。その夜の部“NIGHT”の公演に足を運んだ。会場は東京駅にほど近いCOTTON CLUB。個人的に脇田もなりの単独ライヴは、1年前のMotion Blue Yokohamaでのヴァレンタイン公演(「脇田もなり @Motion Blue Yokohama」)以来の観賞となる。
1stショウの昼の部は観ていないため、曲構成やアレンジメントがどのくらい異なっていたのかなどは分からないが、バンドマスターでギターのラブアンリミテッドしまだんほか、ベースの越智俊介、キーボードのKAYO-CHAAAN、ドラムの山下賢という脇田の手兵的なバンド“Up & Coming”の面々ゆえ、勝手が悪いということはない。
ただ、無観客配信ライヴなどは行なっていたものの、実際に観客を眼前にしたステージに立つのは、インストア・イヴェントなどを除くと、前述の横浜でのヴァレンタイン公演以来だった模様。約1年ぶりのブランクなのか、初めてのCOTTON CLUBのステージだからなのか、1stショウで緊張が解れてホッとしてしまったのか、久しぶりのライヴに感慨深くなり過ぎたのか、それらがないまぜになったのかは分からないが、序盤はやや不安定な歌唱を露呈。冒頭の「Cloudless Night」ではやや口ごもり気味だったり、「青の夢」では何回か歌詞を間違えてしまう。MCをいくつか入れた後は硬さも抜け、不安定が後を絶ったものの、中盤の「CUTi-BiL」ではドラムのカウントからの入りを間違えてやり直すことになったりと、少し地に足がつき切っていない様子も窺えた。
しかしながら、それらは取るに足らない些細なことで、むしろ注目すべきは、以前とは明確に異なる表現力を湛えたヴォーカルワーク。オリジナルのメロディラインをそのままなぞるのではなく、タメを作ってみたり、微妙に工夫を凝らした譜割りや要所でフェイクを組み込んでみたりと、詞世界と自身の感情とをいかにシンクロナイズさせて発露するかということを意識したような歌い口が印象的だった。前半の「FRIEND IN NEED」や中盤以降の「夜明けのVIEW」「WHERE IS…LOVE?」などのミディアム・チューンでは特にそれが顕著で、声を即座にフロアへ伝えようとするベクトルではなく、喩えるなら、自らの胸前で一度心情の“含み”を抱え、吟味・咀嚼してからまろやかに声色を放つとでも言ったらいいか。もちろんそれは実際にはほんの僅かなコンマ何秒の世界ではあるが、歌に機微を込めようとする意図が見え隠れしていた気がした。
さて、恒例となっている(?)カヴァー企画は、松原みきの1979年のデビュー曲「真夜中のドア~stay with me」をセレクトしたのだが、この曲は2019年1月のバースデーライヴ(「脇田もなり@六本木VARIT.」)でも披露していたことを考えると、それだけ脇田自身が愛する楽曲なのだろう。だが、当時の感想を見返すと、個人的にはそのカヴァーの出来に対して正直あまり良い印象は持っていなかったようだ。ただし、それから比べると、脇田もなりとしての「真夜中のドア」像を創り上げようとする意図は伝わってきて、その意味では歌唱の成長度が確かめられたアクトの一つとなった。
ちなみに、この「真夜中のドア~stay with me」は竹内まりや「Plastic Love」同様に海外でも注目されているようで、各国サブスクリプションの再生回数ランキングにランクインしている。ドージャ・キャット「セイ・ソー」の日本語カヴァーで話題となったインドネシア在住のレイニッチ・ランが、竹内の「Plastic Love」に続いて松原の「真夜中のドア」を日本語カヴァーしたことでも人気に拍車がかかったようだが(個人的には「セイ・ソー」や「Plastic Love」の時と異なり、レイニッチの「真夜中のドア」のカヴァーは、メジャー・デビュー的な“色”というかクセがついてしまった感じがして微妙)、この手の洋楽を嗜好して制作されたポップスが時流ということなのだろう。
言ってしまえば、「真夜中のドア」はそもそも、クレジットにデヴィッド・フォスターの名がないから公言はしていないのだろうが、1978年のデヴィッド・フォスター産のキャロル・ベイヤー・セイガー「イッツ・ザ・フォーリング・イン・ラヴ」の亜流曲。キャロル・ベイヤー・セイガーは知らなくても、翌年の「真夜中のドア」発売前にはマイケル・ジャクソンがアルバム『オフ・ザ・ウォール』にてパティ・オースティンとデュエット・カヴァーしているから、それを「真夜中のドア」を作・編曲した林哲司が知らないというのはないはずだ。その経緯は置いておくとして、洋楽と日本の歌謡曲的要素の組み合わせが、エレクトロやオルタナティヴな要素全盛のコンテンポラリーなシーンの隙間に、パラレルな形で引っ掛かりを得ているのかもしれない。
話は逸れたが、もしこういった経緯を踏まえて、脇田がカヴァーにトライをしていたのだとしたら、カヴァーが単なるカヴァーではなくて、自らの持ち歌として昇華する可能性もありそう。当時、松原はアイドルながらも歌手として打ち出すという戦略もあっての洋楽的ポップス作風だったとも言えるから、アイドル出身でシンガーへという構図は脇田と似ていなくもない。ただ、松原には堅固な音楽的素養があった。それゆえ、逆に言えば、そういったバックグラウンドを踏まえ、どのように表現力したいかを考慮しないカヴァーは、それこそ一時的な単なる企画で終わってしまう。個人的にはオリジナルを疎かにして闇雲にカヴァーを重ねていくことは、あまり良しとしないのと、アーティスト生命を縮めるリスクがあると考えているので、やるのであれば、オリジナル以上に突き詰めた形でトライはしてもらいたいところ。そのあたりを考えると、本ステージでのカヴァーは、前回からは格段に成長しているが、まだ途上ではある。しかしながら、脇田もなりにしか描けない歌唱の資質を持っているのも確かで、それを存分に活かせるような有機的なスタンスで挑んでいって欲しいというのが本音だ。
終盤は、序盤に垣間見えていた不安もすっかり消えて、おそらく最近で最も多く歌っている楽曲の一つだろう「エスパドリーユでつかまえて」以降は、伸びやかな安定感でオーディエンスの感情をロックオン。すると、次に繰り出したのは、“切羽詰まって投げやりな気持ちが出てきても、次を目指して頑張ろう”という想いを込めて脇田自身が詞を手掛けた「風船」。コロナ禍が続き、大変な世の中になって、ライヴがなくなり、厳しい状況になっているが、音楽を諦めなくて良かった。応援してくれてありがとうという感謝の言葉を述べつつ、人間にとって音楽は精神的にも必要なものだから、何か音楽に癒しを求めたい時や疲れた時などに脇田もなりの楽曲がその“癒し”となれたら、と拙いながらも真摯に語り、開演時からのフロアのライヴ感を享受しながら、歌える喜びを表出。ややしんみりとしたトークとなったが、そのムードを払拭するように“ワン、トゥ、ワン、トゥ、スリー”と明るくキュートな声でカウントアップした姿が印象的だった。
思わず「寂しい、寂しいですね……」と口をついたのは、次の楽曲で本編がラストを迎えたから。そして、「みんながいるから、歌えている。ライヴが出来なくても、音楽を作ることをしていこうと思う」と一つ一つ噛み締めるように吐露しながら、感謝を伝えて「passing by」へ。感謝のほか、さまざまな感情を乗せて歌うこのセンチメンタルでメランコリックな楽曲は、派手さこそないが、表現力や訴求力という意味では現時点での脇田もなりのベストアクトといってもいいのではないか。そんな思いすら脳裏を過ぎり、琴線に触れるのは、「passing by」での歌唱が脇田の感情と絶妙にシンクロしているから。そして、その鼓動やグルーヴを感じたフロアに共鳴が生まれていくのだろう。
アンコール明けには、バンドメンバーから誕生日を祝して花束が渡される一幕も。その花束を抱えながら、昨年末に初披露した新曲「PLACE」へ。明快なポップネスとリズミカルなグルーヴを湛えたファンキー・ポップで、ステージのヴォルテージを高めるとともに、自らをネクストステップへいざなうための“パッション”や“エナジー”に値する楽曲にもなりそうだ。
ステージでのブランクの影響を全く感じさせなかった……とはいえなかったが、歌の世界を少しでも理解し、咀嚼し、そして脇田もなりならではの音楽を生み出してやろうという気概は、歌唱の節々に感じられた。歌唱の巧拙がライヴの出来やクオリティを左右することに違いはないが、それ以上にどのような意図や想いで歌おうとするのか、それが彼女には最も大切な気がする。現時点では明確な音楽活動が取れないこともあり、ソロ始動当初からの上昇気流もやや陰りを見せたように感じる人もいるかもしれないが、なかなか目に見える結果が掴みづらい時こそが、大きな飛躍への下地作りになるはずだ。“音楽を作り続ける”という彼女の言葉に期待して、新たな出会い(=楽曲)やさらなる進化を待ち望みたい。
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<SET LIST>
01 Cloudless Night (*I)
02 青の夢 (*A)
03 FRIEND IN NEED (*R)
04 EST! EST!! EST!!! (*I)
05 真夜中のドア~stay with me(Original by 松原みき)
06 夜明けのVIEW (*I)
07 CUTi-BiL (*A)
08 WHERE IS…LOVE? (*R)
09 エスパドリーユでつかまえて (*R)
10 風船 (*R)
11 passing by (*R)
≪ENCORE≫
12 PLACE(NEW SONG)
(*I): song from album『I am ONLY』
(*A): song from album『AHEAD!』
(*R): song from album『RIGHT HERE』
<MEMBER>
脇田もなり(vo)
ラブアンリミテッドしまだん(g/Band Master)
越智俊介(b)
KAYO-CHAAAN(key)
山下賢(ds)
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