*** june typhoon tokyo ***

加納エミリ @渋谷WWW


 不安や葛藤を感謝と決意に変えた、1年越しのワンマンライヴ。

 開演迫るフロアの“温度”を上昇させるべく、デュア・リパやSZA、マックス・シュナイダーから、TOMORROW X TOGETHER、Red VelvetなどK-POP勢の楽曲がBGMとして流れるなか、マイリー・サイラス「ミッドナイト・スカイ」の音量が一気に低くなった夜の6時8分、ファンたちが首を長くして待っていたステージにようやく辿り着いた。

 思い返してみれば、加納エミリとしての単独公演の観賞は、2019年12月14日の青山 月見ル君想フでの〈加納エミリ「GREENPOP」レコ発ワンマンライブ〉(記事はこちら→「加納エミリ @青山 月見ル君想フ」)まで遡ることになる。ステージで歌う生の姿としても、2020年3月12日の渋谷CIRCUS Tokyoでのイヴェント(記事はこちら→「彼女のサーブ&レシーブあおぎ Birthday Live@渋谷CIRCUS Tokyo」)以来となるから、その時点からも約1年だ。当初は2020年5月28日に〈EMIRI KANOU 2nd ANNIVERSARY PARTY〉として行なわれるはずだったが、新型コロナウイルス感染拡大防止のために同年4月7日に発令された緊急事態宣言の影響により延期を余儀なくされ、公演タイトルも“2nd ANNIVERSARY PARTY”から〈Emiri Kanou Birthday Party in 渋谷WWW〉へと衣替え。だが、2021年に入り再び緊急事態宣言が発令される事態となり、加納エミリ自身も大いに悩んだとのことだが、ガイドラインをもとに多くの制限を課し、元来の開演時間を繰り上げ、何とか2度目のワンマンライヴの開催に漕ぎ付けた。

 バンドメンバーとともに無観客配信ライヴなどは何度か行なっていたものの、歓声がなく、マスク着用必須により表情が分かりづらいなどがあるにせよ、眼前の観客の反応を前にしてのステージは、無観客のそれとは勝手が異なるだろう。そして1年ぶりのライヴというブランク。長く音楽活動をして、さまざまな経験を培ってきたヴェテランならともかく、これまでにワンマンとしての単独公演が1度きりという加納にとっては、なかなか不安を取り払うことが難しかったのではないか。実際、エレクトロニックなテックハウス風のビートを駆使したイントロダクションが流れるなかでステージインしてから、冒頭の「Just A Feeling」「1988」のメドレーと「フライデーナイト」の3曲ほどはやや硬さが窺え、パフォーマンスにも思い切りが見られず。ライヴでは歌やフリでのコール&レスポンスが定番となっていた楽曲も少なくないため、声で応えられないオーディエンスからのジレンマのような感じも多少はあっただろうが、序盤は加納の硬さや不安などが無意識のうちにフロアに伝染し、観客の一部はその一挙手一投足を存分に楽しむことに没頭出来るまではいかなかったようにみえた。

 とはいえ、その長い期間ステージに立てていなかったブランクによる硬さや不安はステージが進むにつれ解消されていくだろうし、その点はほとんど気にしてはいなかった。現に、上述の要素も、序盤3曲を終えた後のMCでトークするうちに緊張が解れてきたのか、MC明けの「Lucky」からは歌唱にもツヤとハリが出始め、以前の“聴き慣れた”ヴォーカルワークを展開していた。
 

 それ以上に、個人的に気がかりだったのは、やはり2020年4月11日にSNSで発した活動休止宣言だった。心身の調子を崩し「放心状態で何もかも全く考えられません」「生きて、またみんなに会いたい」との言葉を残して、故郷の北海道で休養に入り、ファンには少なからず衝撃を与えたはずだ。無事に復活し、9月にはカムバック・シングル「朝になれ」を発表してくれたが、従来の加納エミリ像とは異なる新境地となる楽曲だったこともあり、これまで自称してきた“NEO・エレポップ・ガール”スタイルを自身で受け入れらなくなってのチェンジモードなのではないかと、余計な勘ぐりを頭に巡らせていた。

 だが、その感情は全くの杞憂に終わったようだ。MCでバンドメンバーへ気さくに話しかけたり、バンド・サウンドを浴びているうちに、本人に宿っている表現者としてのセンスやエンターティナーの才をムクムクと呼び起こし、中盤以降は、やや歌唱の安定性に欠ける部分があったとはいえ(元来、彼女においてそこは問題視するところではない)、ギアが入り、しっかりとフロアのヴォルテージを高めていた。

 その熱度の上昇に貢献したひとつは、バンドによるアレンジワークだろう。特に本ステージからバンドメンバーに加わったKannaのシンセ・アレンジが奏功。たとえば、(加納エミリ流「ロコモーション」と勝手に思っている)「Lucky」や「恋せよ乙女」などのキュートなナンバーではポコポコ音やビット調のサウンドを強調させ、オリジナルとはまた違ったニューウェイヴ/エレポップ感を構築。加納が持つポップネスを損なうことなく、より厚みをもたらしていて、楽曲のポテンシャルを改めて意識させ、拡張性を提示しているのがいい。

 過不足ない、しかしながら耳を惹くリフを処々に配する渡瀬賢吾のギターは、羅針盤のようにきめ細やかな手合いでバンド・サウンドに跳躍をもたらしていて、「Because Of You」などでの音の間に突くギターソロも美味。そして、それらを下支えするKAZUYAのファットなベースとManakaの安定感あるドラミングが有機的に結合することで、ライヴならではの推進力を生み、時には、たとえば「朝になれ」では、憂いと希望を行き来する葛藤をどちらに偏り過ぎることないメランコリック・スウィートなグルーヴに落とし込んでいたりと、バンドメンバーの相性の良さだけではない効果も表われていたように思う。
 ただ、渡瀬がこのステージを最後に加納エミリバンドを離れるとのこと。加納楽曲のバンドでの有効性を発揮させることに大きく与していただけに、非常に残念だ。


 ところで、トピックとして挙げられるものとしては、「Because Of You」を終え、一旦ステージアウトした後、インターミッションでのBGM(「Because Of You」路線のナイーヴなムードで進行するクールなイーヴンキック=4つ打ちのエレクトロダンサー ※追記 Iris Bevy ft. Emiri Kanou 「Endeavor」)を経て、披露した楽曲(※追記 新山ひなへの提供曲「ダーリン」のセルフ・カヴァー)もその一つだ。新曲なのか自分が知らなかっただけなのか分からないが、ハートウォームな鍵盤の導入から幕を開けるセンチメンタルなギターポップで、テンションは「朝になれ」風だから、カムバック後の“新境地”テイストといえるか。フックの「君が好きって言ってもいいかな / 急ぎじゃないけど最近仕事忙しいみたいだし~」など、言葉を詰め込んでいくような譜割りが特色で、拙いながらも想いを伝えたいもどかしさみたいなものを描写している。おそらくステージでの披露は初めてかもしれないから、まだ表現としては途上だろうが、これからの加納エミリを象徴するような作風と言えそうだ。

 また、VJなどの映像効果により、ヴィジュアル面でも楽しませてくれた。「Lucky」では背後いっぱいに数々のハートで埋め尽くしてハッピーでラヴリーなムードを創ったかと思えば、「恋せよ乙女」では同曲のミュージック・ヴィデオに登場する師岡とおる作画によるキャラクター“JILL LAMM”を用いながら、ハンドメイト・クラフトなムーヴィーを映し出すなど、楽曲の世界観へ彩りを与えていた。
 加納自身も銀のトップスとハーフパンツがシルエットに映るキャミソール風ドレス姿から、インターミッション後はウエストを結んだようなスタイルの淡い色のオーガニックなブラウスへと衣装替え。アンコール後はグッズのTシャツにデニム地のショートパンツ姿になるなど、観客の目を楽しませていた。


 さて、アンコール後にステージインした加納には、二つのサプライズが。これまで物販やイヴェントなどの手伝いをしていたシンガー・ソングライターのHIDeKAの計らいにより、「~EMIRI~ HAPPY BIRTHDAY」と書かれたフライヤー風ペーパーが観客に事前に配られ、加納が登場時に掲げて出迎え。その光景に嬉々としながらグッズ紹介をしている間に、バンドメンバーが誕生日ケーキとプレゼントを持って登場。渡瀬の「何もないと思ったでしょ?」の言葉に驚き、Kannaが渡したリボン付のプレゼント箱に「子供の頃憧れていたサイズの“梱包”だ」と喜んでいる姿には、ライヴ開催に際して過ぎっていた不安がすっかり晴れたような心持ちも感じられた。併せて、自身を支えてくれているスタッフやバンドメンバーをはじめ、全ての関係者やファンへの感謝を真摯に述べていた。

 照れもあったのか、「次の曲は……あの曲やってないからどうせあの曲だって思ってるんでしょ」と少し自虐もありながら始まった代表曲「ごめんね」では、カンカンとなる金属音とエレポップ度を増幅させたユーロポップ調シンセがカラフルに飛び交う80sポップをより強調させた仕様で、鍵盤の可愛らしい音色にリズム隊がうねりとキレを絶妙にマッチングさせていく。フロアにはお馴染みの振り付けを楽しげにするファンの波で満たされていた。
 そして、配信終了後には、来場者限定としてKIRINJIが2003年にリリースした『スウィート ソウル ep』のタイトル曲「スウィートソウル」をパフォーマンス。同曲は冨田恵一のプロデュースによるメロウ・ポップだが、この手のタイプの楽曲をチョイスしたということは、今後もノスタルジックなフリーソウル路線の楽曲が増えることを示唆しているのかもしれない。

 当初はコミカルな振り付けも含めた意外性とのギャップや、80sポップに代表されるキッチュなテイストとの組み合わせの妙で名を広めたが、復帰後はノスタルジーやメロウなどに寄り添う機微に触れるようなレイドバックな作風にもトライし始めている。それは、おそらく、どちらを選択するということではなくて、愉しさと心地よさ、エンタテインメントとメッセージ性など、それらが共鳴するものを自らがグッド・ミュージックとしてアウトプットする、その音楽的な振幅を拡げていきたいという気持ちの表われなのだろう。一時休養するまで苦しみながらも復活を決めたのは、一過性で終息しないための彼女なりの決意ともとれる。まだ、引き続きコロナ禍は続いて満足なライヴ活動は難しいが、その決意が楽曲としてどのような形で具現化されるのか、またライヴで再現されるのかを期待しながら、復帰後の“ニュー・エミリー”を注視していきたいと思う。

◇◇◇

<SET LIST>
00 INTRODUCTION
01 Just A Feeling
02 1988
03 フライデーナイト
04 Lucky
05 Been With You
06 Because Of You
~ INTERMISSION ~(BGM “Endeavor” by Iris Bevy ft. Emiri Kanou)
07 ダーリン(Original by 新山ひな)
08 ハートブレイク
09 恋せよ乙女
10 Next Town
11 朝になれ
≪ENCORE≫
12 ごめんね
13 スウィートソウル(Original by KIRINJI)


<MEMBER>
加納エミリ(vo)

渡瀬賢吾(g/bjons)
KAZUYA(b/ainKnot)
Manaka(田辺真成香/ds)
Kanna(植村カンナ/syn)

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