アンダーグラウンド・シーンで人気を誇るフィメール・シンガー、サイ・スミスの4thアルバム。サイを説明する上では、TVドラマ『アリー my Love』に3人組シンガーの一人として出演したり、ブラン・ニュー・ヘヴィーズ『ウィ・ウォント・ストップ』(2003年、残念ながら日本国内リリースのみ)にメイン・ヴォーカリストの一人として参加した、あるいは最近では、2010年に急逝したティーナ・マリーへのトリビュート・ソング「ティーナ」(“Teena”)を翌年1月にネット上で無料配布したことでも話題となったシンガーといえば、覚えのある人もいるだろうか。
洗練された上質な佇まいとコケティッシュなヴォーカルで魅了する彼女は、“才媛”といった表現がピッタリくるネオソウル系のシンガー。2000年のメジャー・デビューから2012年で4作目と制作ペースとして順調にきた感じもするが、そもそもデビュー作からいわくつきとなってしまった苦労人でもある。デビュー作『サイコソウル』(“psykosoul”)はリリース告知までされながらも急遽”お蔵入り”となる憂き目に逢う。だが、前述のブラン・ニュー・ヘヴィーズはもちろん、メイシー・グレイや久保田利伸の海外盤名義“TOSHI KUBOTA”作『Time To Share』に参加(ライナーノーツには「ブラン・ニュー・ヘヴィーズのサイ・スミス」と紹介されている)するなど、R&B/ソウル界隈では実力派シンガーとして高く認知されていた。
そして、2005年に2nd『サイバースペース・ソーシャル』(“the Syberspace Social”)を、2008年には『コンフリクト』(“Conflict”)を制作するなど、インディペンデントでコンスタントにアルバムをリリース。お蔵入りとなったデビュー作も『サイコソウル・プラス』(“psykosoul Plus”)として発表し、しっかりと“リヴェンジ”を果たしている。
そのインディ界の“才媛”が放つ4作目は、従来のアンダーグラウンド感とエレクトリックなスパイスが融和した、次世代ネオソウルともいうべきクロスオーヴァー作といえる。
ア・トライブ・コールド・クエスト(A Tribe Called Quest)のアリ・シャヒードやジェイムズ・ポイザーあたりの、いわゆるNY、ワシントンDC、フィラデルフィアといったネオソウルの重要地のクリエイターとの仕事も多く、それゆえネオソウルとの相性は抜群。これまでのアルバム・タイトルからも解るとおり、元来“サイコ”“サイバー”といったテーマに沿った作風が特色だったが、ここでもその流れは基本的に継続。それ以上に、西ロンドンのブロークンビーツの旗手ともいえる日本人とニュージーランド人のハーフ、MdCL(マーク・ド・クライヴ・ロウ=Mark de Clive-Lowe)をプロデューサーに起用し、よりコズミックなサウンドへと表情を変えた“エレクトリック・ネオソウル”として、新たなクロスオーヴァー像を打ち立ててくれた。
アルバム・リード曲はややダウナーなクラブ・ジャズ・チューン「パーソナル・パラダイス」(“Personal Paradise”)。スキャット風のフックも加わり、避暑地の夜といった風情を思わせるセクシーなムードで展開する。ここでは、シーラ・Eがティンバレスでリズミカルなビートを刻んで雰囲気をもり立てている。シーラ・Eとの関わりは不明だが、MdCLの『Renegades』に参加していることから、MdCLの引き合わせかもしれない。
冒頭のアルバム・タイトル曲「ザ・ファスト・アンド・ザ・キュリアス」(“The Fast and The Curious”)からフューチャリスティックなオーガニック・ソウルといったモード全開だが、トピックになりそうなのは2曲目の「トゥルース」(“Truth”)か。“Oh~”以下のキャッチーなフレーズでフックを牽引していくクラブ・アップで、MdCLの得意とするビートが活かされたウェスト・ロンドン経由のクロスオーヴァーとなっている。
トピックという意味では、ラサーン・パターソンが客演したビリー・オーシャンのカヴァー「ナイツ」(“Nights(Feel Like Gettin' Down)”)も挙げられるか。甘ったるくも感じるラサーンのスキャットにキュートなサイのコーラスが被さる導入からアーバンなスムース・アップへと展開する、その心地よさといったら。甘美と享楽が都会的なヴェールで包まれた上質な大人のミュージックを体現している。
それ以外のカヴァーも、UK経由クロスオーヴァー嗜好に合った心憎いアレンジで心躍らせてくれる。
「ティーナ」は冒頭でも述べたように、2010年末に急逝したティーナ・マリーへのトリビュート・ソング。ティーナの「ラヴァーガール」(“Lovergirl”)のリメイクで、レトロ感漂うソウルフルなテイストにほどよい加減で電子的なアクセントを効かせた趣のヴィンテージ・エレクトロ・ネオソウル。湿度を保ちながら滑り込むような肌あたりが出色だ。
もう一つはThe RAH Band「メッセージ・フロム・ザ・スターズ」(“Message from the Stars”)で、原曲は1983年作『ゴーイング・アップ』(“Going Up”)に収録。80年代ならではの“ギャラクシー”感覚(ややチープな感もある近未来志向シンセ・サウンド)と21世紀のエレクトロ的アプローチが融合したようなフューチャー・ソウルに仕上がっている。
そのほか、時間の流れを緩やかに感じさせるようなメロウ・チューン「ファインド・マイ・ウェイ」(“Find My Way”)や、ため息と吐息が行き交うさまを描いたセンチメンタルなシンセ・スムーサー「ザ・ウー・トゥ・マイ・アー」(“The Oooh to my Aah”)といったミディアム・グルーヴなども素晴らしい。
「レット・ザ・レイン・フォール・ダウン」(“Leet The Rain Fall Down”)といった4つ打ちハウス的なアプローチでも見られるように、エレクトリック・ソウルといっても、アシッド・ジャズあたりと親和性の高いクラブ経由のサウンドが占めているが、これはやはりMdCLの手腕によるところが大きい。近年の主流ともいえるユーロ・ポップ系のエレクトロ路線とは一線を画した、ソウル(特にネオソウル)との融和を意識したクロスオーヴァーといえる。
そして、そうたらしめている最大の要因はなんといってもサイのヴォーカルだ。張り上げる訳でもなく、ウィスパーに終始することもない。サウンドと絶妙の浸透性をみせながらも、くっきりと印象を残す歌唱は、彼女ならでは。時にファルセットを披露したりするが、これは「ラヴィン・ユー」で著名なミニ・リパートンあたりの影響かもしれない。メロディ、トラックなどとのバランスを十二分に意識していなければなし得ない、黄金比ともいうべきヴォーカル・ワークが、次世代エレクトリック・ソウルを“ソウル”たらしめている理由だろう。
近年におけるクロスオーヴァーの傑作といえる、必聴の一枚だ。
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≪TRACKS≫
01 The Fast And The Curious
02 Truth
03 Personal Paradise
04 Find My Way
05 Nights(Feel Like Gettin' Down)(Original by Billy Ocean)
06 Let The Rain Fall Down
07 Teena(Lovergirl Syberized)(Original by Teena Marie)
08 The Ooh To My Aah
09 The Primary Effect
10 Messages From The Stars(Original by The RAH Band)
11 People Of The Sun
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Sy Smith -Truth