シカゴのラップ・リリシストが振り撒いたマジカルな45分。
東京・渋谷スペイン坂にあるライヴスペース「WWW」のオープン7周年と上階の2号店「WWW X」のオープン1周年を記念した特別企画〈WWW & WWW X Anniversaries〉に米・シカゴ出身のフィメール・ラッパー、ノーネームが登場するとのことで、ようやく秋を実感する風と街並みを後ろへ追いやりながら、夜の渋谷へ。アルバム・デビュー前からシーンでなかなか評判が立っていたが、日本ではブラックミュージック愛好家の一部以外においてはそれほど知れ渡っていないだろうと個人的には思っていたところ、何とチケットはソールドアウト。WWW Xは最大500人収容と大きな箱ではないが、それでも売り切れるとは思わず、少々驚いた。やはり、同郷で共演経験もあるチャンス・ザ・ラッパーにフックアップされたことが大きかったか。
ノーネームは1991年生まれの26歳で、本名はファティマ・ニーマ・ワーナー(Fatimah Nyeema Warner)。当初は詩人として表現をしていたが、次第に同郷シカゴのアーティストとの交流からラップ・スタイルへと移り、ノーネーム・ジプシー名義で活動。チャンス・ザ・ラッパーやミック・ジェンキンス、ダニー・トランペット&ソーシャル・エクスペリメントらの作品に参加して注目されるようになると、その後にノーネームと名義を変更。2016年夏にフリーダウンロードによる『テレフォン』(Telefone)でソロ・デビュー。ほのぼのとしたタッチの自画像にドクロを乗せたファニーなジャケットが目を引くが、対照的にシカゴの厳しい現実や現代の黒人女性としての心の叫びを綴っていて、詞世界はなかなか骨太だったりする。
そんな彼女の全米各地を巡る〈エヴリシング・イズ・エヴリシング・ツアー〉に先駆けての初来日公演は、キーボード、ドラム、ギターの引き連れてのバンド・セット。熱気高まるフロアが開演時刻を5分ほど過ぎたところで暗転し、いよいよメンバーが期待に胸を膨らませるオーディエンスの前に登場した。
黄色のTシャツにミニスカートという出で立ちとアフロヘアにクリッと大きな眼をしたベイビーフェイスが非常にキュート。声も人懐こい感じだが、紡ぎ出す言葉はハッキリとしていて、放たれる言葉には意志の力が窺える。「ディディ・ボップ」(このディディはパフ・ダディ/P・ディディのことらしい)あたりから笑顔を見せながら、周りの人に話しかけるような距離感でコロコロとリリックを転がしていく。一聴だけだとヴォーカルの振れ幅はそれほどなく、抑揚も激しくないゆえに平坦に感じられるかもしれないが、やはり出自が詩人だからか、ラップ・マナーのリズムというよりもポエトリーリーディング寄りの独特なリズム感で言葉を紡ぎ、時にアジテートのごとく、または説くように語りかけていく節回しが面白い。次第にそのグルーヴに身体が揺れてしまう中毒性も備わっている。
それだけでなく、後ろに控えたバンドの手腕も上等で、フロウに負けないタイトでパンチのある音鳴りからメロウネスな色合いまでを、絶妙な加減で押し引き。特に音源とは異なるアレンジが秀逸で、アンビエント/エクスペリメンタルR&B的な音世界が広がる「オール・アイ・ニード」も“バウンス”を強調したジャズ・ファンク・ヒップホップ風へ大幅にアレンジを変えるなど、しっかりとメリハリを持たせたステージ構築に大きく貢献していた。
もちろん、ノーネーム自身もエリカ・バドゥを迎えたロバート・グラスパー・エクスペリメントの「アフロ・ブルー」をバックにフロウを繰り出したかと思うと、カニエ・ウェストがマルーン5のアダム・レヴィーンと共演した「ハード・エム・セイ」の一節を軽く口ずさんで“シカゴ・レジェンド!”と同郷のスターに敬意を表してみたりと、楽曲が少ないながらも工夫を凝らしたパフォーマンスでオーディエンスのヴォルテージを高めていく。
棺桶(=キャスケット)という言葉を冠して死に至る人々の多さを嘆いた「キャスケット・プリティ」、それに続いて披露された中絶について歌った「バイ・バイ・ベイビー」などは、かなりセンシティヴな曲ながらも悲壮感を漂わせることもなく、変な力を込めずに自然体で優しく語りかけていく。リリックの意味するところに没入してしまうと“ユー・マイ・ベイビー、アイム・ユア・ベイビー”のコール&レスポンスはなかなかノリ辛いところもあるが、そのあたりを意識させないナチュラルなアティテュードがいい。厳しい現実を突き付けられるなか、憂うことに慣れてしまうのは簡単だが、それを敢えてハートウォームに、メロウに、ナチュラルに訴求していく姿は、コンクリートや廃墟に囲まれながらも可愛らしい花を咲かせるたんぽぽや鮮やかなダリアといったらいいか。力に任せた咆哮とは違ったスタンスが、かえってズシリと重厚な響きを胸にもたらせていた。
終盤は「フォーエヴァー」からアルバム『テレフォン』の冒頭曲「イエスタデイ」へ。当初はオーディエンスとのコールの交流も窺っているようなところがあったが、中盤以降はコール&レスポンス、クラップなどの声・音、リアクションも高まり、フロア全体を包むようなうねりを創出。「フォーエヴァー」では中指を立てる仕草もみせ、歌詞に込めた想いをぶつける姿には、現代の社会の闇を吐露するリリシストとしてのプライドも。オーディエンスのハートウォームなシンガロングが響いた「イエスタデイ」を終え、メンバーがステージから退く間もなくフロアからは催促のクラップが鳴り響く。やおらメンバーが登場してのアンコールは「シャドウ・マン」。ノーネームはアウトロ前に感謝を述べてのステージアウトとなった。
ほぼメドレーのような短いインターバルでグルーヴィな辻説法のごとく言葉を紡いできた時間はあっという間だったが、時計を見ると実際に20時に10分足らないほどで終了。約45分というコンパクトなものとなったのは、まだアルバム1枚という楽曲数からも致し方ないところか。5800円というチケット代だけを見るとやや考えるところもあるが、パフォーマンス自体は今後にも大きな期待を寄せていい内容で、次は楽曲を増やし、もう少し大きな容量の会場で見てみたいと思わせるに充分だった。この束の間の45分がいかに魅惑的な発展を遂げるのか、再来日を楽しみに待ちたい。
◇◇◇