東京のお土産ちゅ~たら 何を想像する? 東京バナナ?東京たまご ごまたまご?
今は昔とすっかり様変わりした土産・・・・・
昔の話ぢゃが 亡くなった親父は日本製鉄の関連商社務めぢゃった 東京在住ぢゃったが 光製鉄所の営業所長で光に転勤してきた
営業所は広くその2階に住んでおった 親父の仕事柄 東京から多くの人たちが出張で来られた
昔のことぢゃけぇ 東京土産は榮太樓飴がおおかった
文政元年(1818年) それまで埼玉県飯能で菓子商をしていた細田徳兵衛が 2人の孫を連れて江戸に出府 現在まで続く和菓子業の
礎となる 井筒屋を九段坂に構えた 時代は変わり 徳兵衛の曾孫にあたる3代目細田安兵衛(幼名栄太郎)が 安政4年(1858年)
旧名日本橋西河岸町に独立の店舗を構え 自らの幼名栄太郎にちなんで屋号を榮太樓と改名 創業166年の老舗
当時のお土産としては 雷おこし・とらやの羊羹・榮太樓飴・泉谷のクッキーなどあった
榮太樓飴ちゅ~たら 安政年間に現在の看板商品となる梅ぼ志飴
梅干しを使った飴ではない 鋏で切った紅色の飴を口内を傷つけないよう指でつまんで三角形にする・・・・・ちゅ~コンセプトが粋
そんな榮太樓飴の姿かたちを見て 洒落好きな江戸っ子が梅ぼ志飴と名付けたもの
そしてその当時榮太樓飴は種類ごとの缶入りぢゃった ただし親父のところへ来る贈答品ぢゃったから そ~ぢゃったんかも知れん
拙者はニッキが好きぢゃった ただ子供心では ぬゎ~んだ榮太樓飴かぁ!と 正直嬉しくはなかった
今は便利な世の中 ITで簡単に取り寄せも出来る