中央経済社の雑誌「企業会計」2016年5月号に「本当に監査時間不足なのか」という匿名コラム記事が掲載されていました。監査時間や監査期間(決算日から監査報告書日まで)が足りないという会計士協会の主張を、上から目線で全否定したものです。
おおよそ以下のような主張です。
・日本公認会計士協会は、監査品質向上の議論を脇に置いて、監査環境の改善が必要だとして、「監査時間の確保」の主張に汲々としている。あ然とするばかりだ。
・米国と日本の会計・監査・開示制度や法規制の仕組み、会社規模の違い等を加味せずに、日本と米国の監査時間を単純比較することは全く無意味である。
・報酬の平均単価についても同様
・そもそも、必要十分な監査時間が確保されていない状況での監査は、監査基準において許されていない。
・会社法の監査報告書日までの期間と他国の日本における金商法監査に相当する監査の監査報告書までの期間は、比較することすらできないはずである。
・決算日からの日数のみの短さのみによって適切な監査ができないというのは、監査人の責任放棄
・監査時間を増やせば、会計士はますます疲弊し、監査業務の効率が低下し、監査品質も低下する。会計士試験を志す若者もいなくなる。
会計士からすると、おかしなところが満載の記事です。
例えば、監査品質管理は、監査チームや監査事務所のレベルから制度や環境のレベルまで、様々のレベルで議論すべき問題であり、監査環境を監査品質という観点で議論するのは当然の話です。
また、海外では、日本のように会社法監査と金商法監査に分かれていなかったり、分かれていても、会社法の監査期限がずっと遅かったりという例が多いと思われます。日本の会社法監査と金商法監査は、対象に若干違いがあるとはいえ、どちらも連結まで含んでいますし、監査の保証水準も同一です。つまり、会社法監査報告書日までにほとんどの手続きを済ませなければならないのであり、その日付を問題にするのも当然です。
逆に、現行の会社法監査期間が妥当だとすれば、金商法の監査報告書日がそこから1ヶ月から1ヶ月半近く遅いのはおかしいということになります。いくら有報のなかの(連結)財務諸表の記載分量が膨大だと言っても、計算書のフォーマットや注記文言などは、決算日前に検討しておくことができます(前年と同じ部分も多い)。監査期間を含めても2週間あれば十分ではないでしょうか。例えば、東芝の会社法監査報告書日は決算日から30日台だったそうですが、そのような日数が一般に妥当だとすれば、それに2週間プラスしても、5月中には金商法監査まで完了し、有報を提出できます。
コラムの筆者は、若手会計士の残業のことまで心配してくれていますが、それなら、監査期間に余裕をもたせるようにすれば、勤務時間も平準化し、会計士の疲弊の度合いも減ることでしょう。
コラムでは、「ITの積極的な導入」などにも取り組むべきといっています。それは賛成ですが、ITで、東芝のような会社ぐるみで監査人に嘘をいうのを見破ることはできないでしょう。
匿名コラムなのでどういう人が書いているのかわかりませんが、金融庁の「ディスクロージャーワーキング・グループ」における経団連や企業の委員の意見と重なる部分があるようです。
↓
金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」(第4回)議事次第
このコラムの記事や「ディスクロージャーワーキング・グループ」の経団連等の意見でなぜ会計士協会の主張が批判されているかを推測すると、やはり、会社法監査と金商法監査の一本化をおそれているのでしょう。これらが一本化されれば、当然、株主総会前に、一本化された開示書類(有報レベルの詳細なもの)を株主に提供するということになります(紙ではなくて電子開示かもしれませんが)。
本来、株主は株式会社の最も重要な利害関係者なのですから、その意思決定を行う総会の前に、最も詳細な開示資料が入手可能であるべきです。かといって、会社法用と金商法用に別々に作成したり監査したりするのはムダですから、一本化するというのは妥当な考え方です。
いずれにしても、匿名コラムとはいえ、会計の一流専門誌上でけんかを売られたわけですから、会計士協会には、「空気を読まない」できちんと反論してほしいものです。例えば、協会のしかるべき立場の人が、企業会計に反論の投稿をするなどです。
このコラム記事は、監査時間や監査期間の問題を、論点としてクローズアップしてくれたともいえます。その意味では、きちんと反論さえすれば、会計士協会の主張を周知させる機会になるでしょう。
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