続きです。
夕方になってドッグフードとリードを買いに行こうと思ったとき、父さんから電話が。
「飼い主は見つかったか?間違ってもウチで飼うなんて思うなよ!!」と。
「見つかるまで預かるだけよ。」そして恐る恐る買い物を頼んでみたら、案外あっさりと引き受けてくれた。
買ってきてくれたリードでつなぎなおし、ドッグフードもお水と一緒にそばにおいてワンコを眺めていた父さんが、一言「家庭犬だな!」
母さんにはわかった。父さんは「座敷犬」と言いたかったのだ。
時々ヘンな造語を言う人なのだ。芸能人の名前なども、間違った読み方をして話したりすることがある。
長年一緒にいる母さんには何を言いたいか通じるのだが、いつもは意地悪をしてわからない振りをする。
でもその日の母さんは意地悪をしないことにした。
「もし座敷犬として飼われていたのならもっとキレイにしているはずだから、これだけ毛玉ができているということは、ずいぶん長いこと野良になっていたことになるわ。
それにしては痩せていないから・・・・お年寄りとかが、弱ってきたワンコを面倒見れなくなって捨てられたという場合もある・・・・。」と、義姉さんから聞いた話をした。
嫌がらずに買い物をしてきてくれたにもかかわらず、父さんはまた声を荒げた。
「だいたいいつも、なんでそう余計な仕事を増やす?この前のアレだって・・・・・」
とかワンコとは関係ない話まで持ち出して
「ほんとに腹が立つ!!」と強い口調で言うのだが、母さんはさっきのお嫁ちゃんの言葉を思い出して逆らわないことにした。
そして、「ユキと同じ甘え方をするのよ」というと「犬なんかみなそうするのよっ!!とにかく保健所に電話しとけよ!」と・・・冷たい。
夕食後、お嫁ちゃんとの打ち合わせどおり、母さんはあくまで・・預かってるだけ・・・・を装い、でも、ユキの思い出話をしたり、「イボに親しみを感じない?」と言ってみたり、心理作戦を・・・・。
お嫁ちゃんから話しを聞いた二男から父さんにメールがきた。
「犬どうなってるの?」と。父さんは、「まだ家にいる」とだけ返事をしたようだ。
遅くに長男が帰ってきたとき、父さんが最初にワンコのことを話したので、母さんはもう父さんは怒っていないと確信した。
あまり興味を示さないかと思った長男だったが、意外にも外に見に行った。
「ずいぶん弱ってるみたいだな。声も出さないじゃん。」という。
そういえば、まだこのワンコの声を聞いてない。声が出ないのかもしれない。
翌朝のこと、
父さんは起きるとすぐに、にワンコのところに行って何か言っている。
母さんも行ってみると、
「このドッグフードは美味しくないんじゃないのか?食べた様子がないぞ。肉をやったら?」
母さんは言うことをきいて冷凍庫にあった豚のバラ肉を解凍してあげてみた。あっという間に食べた。
「ドッグフードなんて、何が入ってるかわからないから・・・・高級な缶詰ならともかく、きっと体に良くないよね。」母さんもその朝は素直に父さんに話しを合わせる。
そのうち父さんはワンコに何か話しかけ、
「可愛いな!」と言ったのでびっくり・・・・・。
その日は天気予報は雨・・・・・父さんはゴルフに行く予定だったが、あまり大雨なら中止すると様子を見ている。
母さんは「もしゴルフに行かないんだったら暇でしょう?ワンコの床屋でもしてやらない?毛玉がすごいから。」というと
「なんで俺がよその犬の床屋をしなけりゃいけないんだ!」とちょっと怒った口調で言った。
朝食のあと、母さんが洗濯物を干していると、父さんがまたワンコを見にきて
「しょうがない、小屋を作るか・・・・・」というではないか。
母さんはうれしい気持を抑えて「でも飼い主が見つかるかもしれないよ」というと
「きっと見つからないよ。オフトークだって皆が聞いてるわけじゃないし・・・・」
母さんは、ふぅーっとため息をついて、父さんに心から「ありがとう。」と言った。
すると不覚にも涙が出てきた。父さんの顔を見ると父さんの目も潤んでいるようだった。
「鳩のヒナもそろそろ巣立ちそうだし・・・これも何かの縁だ。名前をつけてやれよ。」
「うん、もう若くはなさそうなワンコだから、そう長く生きられなくても、1年でも半年でも・・・。あの道路で車にひかれるよりは、幸せだよね。」
母さんは嬉しくて嬉しくて、誰かに話したい気分だった。
でももう仕事に行かなくっちゃいけない時間・・・・。
父さんは予定通り、ゴルフに出かけた。
母さんは、昼休みにお嫁ちゃんに電話で、一晩で父さんの心が変わったことを報告すると、電話の向こうでお嫁ちゃんもウルウルしていた。
二人とも興奮気味でそこが職場であることを忘れて話していた。(運良く誰もいなかったので)夕方二男が帰宅したら、二人でワンコに逢いに来ることになった。
そして夕方 母さんが帰宅すると もう父さんもゴルフから帰っていた。
ワンコのそばに行くと相変わらず声も出さず、尻尾も振らず、それでも寄ってきて、頭をなでてやると母さんの手のひらに体重をかけてそして仰向けに寝転んでいる。
お腹を見せるのは、気を許した証拠と聞いたことがあるので、可愛いもんだと思った。
名前を考えなきゃね。前のワンコは、大雪の日に拾った(生後まもない 芝の雑種)から、ユキ・・・・オスだったけどね。
またお風呂に入れてあげたい・・・この毛のかたまりを取ってあげたいけど・・・。
まあそんなに急がなくても明日お休みだし・・・。
二男夫婦もワンコに逢いに来るし、夕食を一緒に食べて皆で考えればいいから・・・とおコメを洗っていたそのとき・・・
電話が鳴って父さんが出た。
「まちがいないですか?イボがありますか?」
なんと飼い主が見つかったのだ。
なんということ・・・・よろこんであげなければいけないのに・・・・母さんはショックを受けてしまいました。
そして電話では家の場所を説明しにくいので、近くの公園にワンコを連れて行くという。
母さんは「ワタシも行く」と・・・ショックを隠しきれずにため息をつきながらついていった。
今まで元気がないように見えたワンコが割りと軽い足取りで歩いたので、父さんは「こんなに歩けるんだったら散歩につれていけばよかったな。」と、
そして「○○(二男の名前)達はまだ見てないんだろう?写真撮っておいたら?」という。
母さんは家に引き返しカメラを持って行って何枚かワンコの写真を撮った。
公園にワンコを迎えに来たのは50過ぎくらいのおじさん。
果樹園を大きくやっているという農家の方だった。
ワンコは相変わらず声は出さないし尻尾も振らなかったけど、おじさんのひざにかきついていったからやっぱり嬉しかったんだろう。
おじさんの話によるとこのワンコは16歳・・・・そろそろ痴ほうも出てきたような・・・・。
親子で飼っていたのだがこの5月、子のほうのワンコが逝ってしまい、親のほうのこのワンコが残ったのだそうだ。
父さんがドッグフードを渡して「お口に合わないみたいだったけど、ウチに置いてもしょうがないから」というと、
「家じゃ 残りご飯に味噌汁かけたようなものしかやってないから」と笑っておられた。
母さんも、ワンコとお別れを淋しいと思っているのに、父さんの「お口に合わない」が可笑しくて笑ってしまった。
おじさんが「きれいにしてもらって・・・ほんとにありがとうございました。」とお礼を言ってくれたので、
母さんはあわてて「すみません、勝手に少し毛を切ってしまいました。」と謝った。
そしてもう一度ワンコにお別れを言って、お礼にと持ってきてくださった林檎を1箱いただいて、公園から帰るとき、父さんが言った。
「あ~~あ、犬が林檎になっちゃった。」
「捨てられたんじゃなくてよかったね。これが一番あのワンコには幸せだったんだよね 。」
そう言いながらも、二人ともすっかり力がぬけてしまっていた。
「とても ご飯をつくる気にもなれんだろう?どこか食べに行くか?」と父さんが言ったので母さんは思い出した。
おコメを洗っている途中だったことを。
あわてて水加減をして、炊飯器のスイッチは入れたけど、やっぱり外で食べることにした。
二男夫婦に電話をして・・・「写真は撮ってあるから見に来て!ご飯は外で食べるから。」と。
少ししてやってきた二男夫婦はワンコの寝ていた場所に残ったお水と食べ残したドッグフードだけを見てパソコンに取り込んだワンコと対面したあと、近くの中華料理店に行って4人(長男は帰りが遅いのでいなかった)でワンコの幸せを祈って乾杯した。
そしてワンコ騒動のなか、鳩の親子も姿が見えなくなった。無事に巣立ったのだろう。
母さんは、今回のことでお嫁ちゃんが、本当に一番、母さんの気持を理解してくれる人だということがわかって、それが嬉しかった。
翌日、また二男夫婦が来ているとき「尋ね人」の放送があり、しばらくして「先ほどの行方不明だった男性は無事保護されました」
という放送があった。
それを聞いていた父さんがお嫁ちゃんに言った。
「10年後くらいに、『目のところにイボがあって、ゴルフの素振りの格好をしながら歩いている小太りの男性にお心当たりの方は・・・』という迷い人の放送があったら、知らん振りしないで、迎えに来てな!」
おしまい