値段に驚くのも無理はない。女子高生という小娘に、200万円のバックを譲る母親の意味を理解しようと話し出したら、宿題にたどり着く頃は、夜である。
「こんな凄い鞄を入学祝いに譲るなんて…ママ、新しい鞄パパから貰ったのかなぁ?」
「鞄だけで、400万円…。あり得ない。」
桜は、開いた口が塞がらない。
さやの日頃の金銭感覚は、似ているのだが、さやはお嬢様と感じるのは、何処と無く飛び抜けた感覚の発言をたまにするからだ。
「さやのお父様、お洒落よね!スーツをビシッと決めて、中学の卒業式の時、入って来た時のあのどよめき!格好良いとか、誰のお父さん?とか、あちこち囁きでざわめすいていたわよね。」
「う、うん。まぁ…。」
「あのバックもさやのお父様がお母様に選ぶのも分かる気がする。」
「そこは、娘でも感じているセンスの良さだと思うの。でも当の娘には、微塵も遺伝していないのよねぇ。」
「だからだわ!」
「へっ?!」
「さやのお母様が娘に譲る事で、センスを身に付けるように、無言の教えなのでは?」
「あっ。そうかも。」
「さやのパパ好きは、お母様がさやに大切なプレゼントを娘に託す母親の愛!さやの家族は、会える時間が少ないけれど、確かな絆があるもの。」
「そう?そうかな?私は、寂しいんだけどね。」
「そこよ、そこ。さやは、分かりづらいと思うけど、客観的には伝わって来る思いやり。値段では計り知れない愛情をさやに託しているのよ。」
「分かったような、分からないような。ん~っ、桜の頭が良いのだけは、分かった!」
「ちょっと、ちょっと、ちょっと!」
「だぁー!」
「だぁー!」
ちょっと懐かしいお笑いを真似して楽しむ、箸が転がっても笑うお年頃なのだ。
会話を楽しむ二人の宿題なんかさっぱり進まない。
宿題を切り出すのは、桜である。化学で習い出したベンゼンの項目らしい。
文章の( )に当てはまる言葉を埋めなさい。
ベンゼンは、( )個の炭素で成り立ち、各炭素は、( )軌道を有している。二重構造のアルケンとは異なり、( )反応ではなく、( )反応が起こりやすい。
さやは、軌道以降が分からない様子。
桜は、得意な理科系。桜という植物を理解する上での基礎知識にも興味が及んでいるのだ。
「ベンゼンって、芳香族化合物じゃない!さや、桜の芳香成分って、何か知ってる?」
「知ってる!クマリン!名前が熊ちゃんで可愛いから、すぐ覚えたわ。」
「ラクトンの一種でね、特殊な方法であの桜特有の香りを放つらしいの。」
「あの桜の香りは、独特だものね。桜の木から香る事ないし。」
「桜の種類には、匂系もあるけれど、あの香りではないよね!」