朝の光(聖書の言葉)

3.地の塩,世の光 (空の鳥,野の花)

3.地の塩,世の光 (空の鳥,野の花)

マタイ5:13-16 (地の塩,世の光)

「あなたがたは世の光である。
山の上にある町は,
隠れることができない。」
(マタイ5:14)



(マタイ5:13-16 地の塩,世の光)

 今日,わたしたちは聖書の朗読によって,

の言葉を聞きました。

「あなたがたは地の塩である。」
(マタイ5:13)

「あなたがたは世の光である。」
(マタイ5:14)


皆さんはこの2つの言葉を

どのように受け取られたでしょうか。

まず,ここでは「あなたがた」と

呼びかけられています。

「あなたがた」ですから,

自分だけのことではありません。


また,この「あなたがた」

と呼びかけられている人は,

この言葉だけでは,

どのような人に呼びかけられているか

分かりません。


ですから,

この言葉が語られた状況を

知る必要があります。




(マタイ5:1,2 山上の説教)

イエスさまは

ガリラヤという地域中を回りました。


そして,ユダヤ人たちが

礼拝のためや裁判のために集まる会堂で,

神様のことを教え,

神様の救いの言葉を伝えました。


そして,人々のあらゆる

病気や患いをお癒しになっていました。


その評判が広がり,

人々はイエスさまのもとに,

いろいろな病気や苦しみに悩む者,

悪霊に取りつかれた者,

てんかんの者,

中風の者などの病人を連れて来ました。


イエスさまは,

これらの人々を癒されました。


そのため,大勢の群衆が

イエスさまのもとに来て従いました。




(マタイ5:1,2)

この群衆を見られたイエスさまは,

山に登り腰を下ろされました。


すると,

弟子たちが近くに寄って来ましたので,

弟子たちを祝福し教え始められました。


この祝福の後で,

祝福を受けた弟子たちに対して,

イエスさまは

「あなたがたは地の塩である」,

「あなたがたは世の光である」

(マタイ5:13,14)

とおっしゃいました。


ですから,「あなたがた」とは,

イエスさまに従う弟子たちのことであり,

イエスさまに

「祝福」された人たちのことです。



(マタイ5:3-12 幸い)

イエスさまはその祝福において,

まず「心の貧しい人たちは幸いである」

(マタイ5:3)

とおっしゃっていますから,

この祝福を理解しなければなりません。


その祝福の中のつぎの言葉は,

なるほどと思えます。

「心の清い人々は,幸いである。

その人たちは神を見る。」

(マタイ5:8)


「平和を実現する人々は,幸いである。

その人たちは神の子と呼ばれる。」

(マタイ5:9) 


しかし,

悲しむ人々や

迫害されている人々への祝福は,

直ちに受け取るわけにはいきません。


イエスさまは悲しむ人々に向かって

次のようにおっしゃいます。


「悲しむ人々は,幸いである。

その人は慰められる。」

(マタイ5:4)


迫害を受けている人は,

つぎのとおり祝福されます。


「わたしのためにののしられ,
迫害され,実に覚えのないことで
あらゆる悪口を浴びせられるとき,
あなたがたは幸いである。」
(マタイ5:11)


ですから,

この祝福を受けている人々の中には,

悲しんでいる人や

迫害を受けて苦しんでいる人たちもいます。


けれども,イエスさまは悲しんでいる人,

迫害を受けている人も受け入れ,

祝福してくだいます。


この祝福こそが,

喜ばしい言葉であり,救いの言葉です。

イエスさまが祝福されると,

慰められ,癒されるのです。



(マタイ5:13-16 地の塩,世の光)

イエスさまは

「あなた方は地の塩である」

(マタイ5:13)

「あなた方は世の光である」

(マタイ5:14)

とおっしゃいました。


ここでの「あなた方」とは

イエスさまの教えに従い,

イエスさまに祝福され,

イエスさまに慰められ,

教会に集まっている

(救われた)人たちのことです。


その人たちが「地の塩」であり,

「世の光」なのです。


その人たちはイエスさまの言葉によって,

救いを見出だしている人たちです。

ですから,塩」とは「救い」であります。


この救いを得ている人たちが,

人々にも救いをもたらす「地の塩」です。


この塩に塩気,救いを見失えば,

「もはや,何の役にも立たず,

外に投げ捨てられ,

人々に踏みつけられるだけ」

(マタイ5:13)です。

 


(ヨハネ9:1-12)
(生まれつきの盲人をいやす)


創世記を読みますと,

神様が「光あれ」(創世記1:3)

とおっしゃって,

光をお造りになったことが分かります。


イエスさまは生まれつきの盲人を見て,

次のようにおっしゃいました。

「わたしたちは,
わたしをお遣わしになった方の業を,
まだ日のあるうちに行わねばならない。
だれも働くことのできない夜が来る。
わたしは,世にある間,世の光である。」
(ヨハネ9:4)


そして,

「光あれ」と言われる神様の業を行い,

盲人の目を癒し,

見えるようにしてくださいました。


イエスさま,すなわち神様にとっては,

「光」とは「救い」のことです。


わたしたちがこの救いに与かり,

救いを受けた者として生きるときに,

わたしたちも「世の光」となります。


イエスさまが,

神の御子としての権威を

与えてくださいました。


ですから,

イエスさまは,

イエスさまに従い祝福された弟子たちに

つぎのように断言なさいました。


「あなたがたは地の塩である。」
(マタイ5:13)

「あなたがたは世の光である。」
(マタイ5;14)


(松隈貞雄牧師)

(2008年5月25日)


2021-02-28

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