鷹守イサヤ💞上主沙夜のブログ

乙女ノベルとライト文芸を書いてる作家です。ご依頼はメッセージから。どちらのジャンルもwelcome!

兄王子の憂鬱from『理系王子と拾われた花嫁』その2

2016-07-05 | 番外編置き場
その1はこちらにあります



 レオンハルトは答えを待たずに部屋に飛び込んできて真理奈をぎゅぅっと抱き締めた。
「マリナ! 大丈夫? 真っ青だよ、どうしたの!?」
 日本語で矢継ぎ早に尋ね、彼は怒鳴りつけた兄のことなど頭から跳んでしまった様子で心配そうに真理奈を見つめた。真理奈は呆然とレオンハルトを見返し、英語で呟いた。
「……あなたには婚約者がいるって……」
「What!? そんなのいないよ! 何言ってるんだ」
 彼は慌てふためいて真理奈の顔を覗き込み、肩を抱き寄せながらキッと眉を吊り上げて兄を睨んだ。
「でたらめ言うなよ、兄さん!」
「でたらめなものか。相手方は喜んで話を受けると言っているぞ?」
「はっきり断っただろう!? 僕はマリナと結婚するんだ。邪魔しないでくれ!」
 息が詰まるほど強く抱き締められ、真理奈は気を取り直した。
「レオン……婚約してるの?」
「してないよ! 結婚の約束をしたのはマリナだけだっ。僕に無断で兄さんが勝手に見合いを仕組んだんだ。途中で気付いて逃げ出した。もちろんきっぱり断ったうえでね。僕が結婚したいのはマリナだよ。わかってくれてるよね!?」
「……う、うん」
 切羽詰まった顔に気押されてこくんと頷く。
「よかったー!」
 レオンハルトは真理奈をひしっと抱き締めて頬擦りした。その様子を苦々しげに眺めていた兄王子は、堪えかねた様子でダンッと足を踏み鳴らした。
「そんな勝手は許さんぞ!」
「兄さんの許しなんかいらないよ」
 にべもない答えにヴィルヘルムは泣きそうな顔になった。冷ややかで傲岸不遜だった最初の印象が見るも無残に崩れ、何やら彼が気の毒になってくる。やたら偉そうなくせに弟には甘いのだろうか。
「レオン! 父上と母上のことも考えろ」
「何言ってるのさ。ふたりとも、好きな人と結婚しなさいっていつも言ってるじゃないか。それにマリナは壊れかけてた僕を治してくれた人だ。反対なんかするはずないよ」
 ねぇ? と一転して甘く微笑まれ、真理奈はひくりと口許を引き攣らせた。横目で皇太子を窺うと、彼は切なく瞳をうるうるさせて憐れみを請うように弟を見つめている。だが、レオンのほうは兄を完全に無視して見向きもしない。
「マリナ、僕と結婚してくれるんだよね?」
 レオンは日本語に切り換え、甘ったれた口調で尋ねた。
「え? ええ……」
「だったらもう婚姻届出しちゃおうよ。そうすればこんなお邪魔虫にぐだぐだ言われずに済む」
 にっこり笑って手を引かれ、真理奈は慌ててレオンハルトを引き止めた。
「待ってよ、レオン。今から行っても間に合わないわ。窓口が閉まってるわよ」
「何を言ってるんだ。婚姻届や離婚届、出生や死亡届なんかの個人の権利に関する届は、三六五日、二十四時間いつでも受け付けてるんだよ」
「えっ、そうなの?」
「だから今から行っても大丈夫さ! 必要書類はすでに準備万端整ってる」
「――ちょ、ちょっと待ってよ! ねぇ、届け出た日が結婚記念日になるわけでしょ? だったらもうちょっと考えて選びたいわ」
「うーん、それもそうだなぁ」
 レオンハルトが残念そうな顔で頷くと、ふるふると震えていたヴィルヘルムがいきなり日本語で怒鳴った。
「お邪魔虫とは何だー! おまえが心配なあまりはるばる日本まで飛んできた兄に対してそれはないだろう!?」
「えっ、日本語できるの!?」
「喋れないとは一言も言ってないぞ」
 驚愕する真理奈にヴィルヘルムは傲然たる笑みを浮かべた。とことん偉そうな奴だわとげんなりする。レオンハルトは鬱陶しそうに兄を眺めた。
「兄さんは日本のアニメやマンガに熱中していた僕と話を合わせたいばっかりに必死で日本語を勉強したんだよ」
「違ーう! 教育的指導のためだ! おまえはずば抜けて頭がいいくせに妙なところで解釈がズレるからなっ」
「兄さんに言われたくないよ!」
(なんか、わかる気がする……)
 睨み合う兄弟のあいだに挟まれて真理奈が冷汗を垂らしていると、レオンハルトは疑り深そうな目つきで兄を睨んだ。
「あ、わかったぞ! 実は兄さん、マリナがあんまり可愛いもんだから横取りする気だろ!?」
「馬鹿言うな! 俺はその女が気に食わないだけだッ」
(あ、はっきり言われた……)
「いいよ、もう! そんなに反対するなら王子やめてマリナの犬になるから!」
「ちょっと!? 変なこと言わないでよっ」
 真理奈は焦って叫んだが、ヴィルヘルムは血管の浮き出たこめかみをぴくぴくさせ、胡乱な目つきで真理奈を睨めつけた。
「犬……だと……!?」
「レオン!」
「あ、間違えた。婿だ、婿。僕、マリナのお婿さんになってクヌギ製作所で働く。いいよねぇ、マリナ?」
「全然よくないわよ! そんなわけにはいかないでしょ!?」
「問題ないって。僕、皇太子じゃないもん」
 ヴィルヘルムは口をぱくぱくさせ、ふたたび英語で怒鳴った。弟ほどには自在に日本語を操れないのだろう。
「おおありだ! 俺に万が一のことがあればおまえが王位を継ぐんだぞ!?」
 怒鳴られたレオンハルトはムッとした顔で言い返した。
「だったらさっさと結婚して跡継ぎ作ってよ。大体ねぇ、僕の見合いなんか工作してるひまがあったら自分の結婚相手を探したらどうなのさ? 兄さんときたらどういうわけか昔から全然女っ気ないし……、あっ、ひょっとしてゲイなの?」
「なっ……!? 何をいきなり突拍子もないことをっ、冗談じゃないぞ! 俺は単に女が苦手なだけだ、断じて男が好きなわけではなーいっ」
 その後ふたりは母国語で怒鳴り合いを始めた。挨拶程度しかドイツ語を解さない真理奈には意味不明だが、ふたりの顔を見ているとどうも子どもの喧嘩じみた低レベルの言い争いのような気がする。
 こうなったらふたりには気の済むまでやらせておいて、まったりお茶でも飲んでいたかったのだが、レオンハルトが真理奈を羽交い締めにして離さないので仕方なく耐え忍ぶ。そのうちにふたりとも怒鳴り尽くしたのか、息を切らせて黙り込んだ。
「……と、ともかく俺は許さんからな」
「だから兄さんの許しなんかいらないって言ってるだろ……」
 互いに一歩も譲らず睨み合う。しかしさすがに疲れたらしく、ヴィルヘルムは恨めしげな目つきで真理奈を一瞥してよろよろと部屋から出ていった。ふんっ、と鼻息を洩らし、レオンハルトは一転してふにゃっと笑って真理奈にすりすり頬擦りした。
「ごめんね、マリナ~。兄さん、昔からやたら警戒心が強くてさ。特に僕のことになるとすぐに気が立った母猫みたくなっちゃうんだよ。本気でマリナを追い払おうというわけじゃないんだから気にしないでね」
 いやあれは間違いなく本気でしょ……、と思ったが、口には出さず真理奈は頷いた。
「ちょっと冷たくしすぎじゃない?」
「平気だよ。どうせ明日になればけろっとしてるさ」
「でも、レオンのこと心配してくれてるのは確かなんだから……」
 レオンハルトははぁっと溜息をついた。
「まぁね……。僕がやたら癇癪起こしてた時期も、辛抱強く側についててくれた。両親は公務で忙しかったから、いくら心配でもそう付きっ切りというわけにはいかなかったし……。でも、兄にいくらなだめられても頭の中の嵐は収まらなかった。疲れ果てて寝落ちてしまうまで付き合ってくれたことには感謝してるけど……、やっぱりマリナじゃないと僕はだめなんだ」
 愛しそうに瞳を覗き込まれ、真理奈は頬を染めた。
「お兄さんはレオンのことがすごく可愛いのよ。守ってあげたいだけだと思うわ」
「だとしても、心配する方向がズレすぎだよ。たまたま僕が国にいないときに重病を患ったせいなのかもしれないけど……、どういうわけか僕を手元に留めたがるんだ。勝手に見合いを仕組んだのも、たぶんそのためなんだろうな」
「お見合い……したのよね」
「ただのパーティーだと思ったんだ。でなけりゃ行かないよ。あんな騙し討ち……、いくら僕でも頭に来る」
 悔しそうに顔をゆがめ、レオンハルトは真理奈の手を両手で握った。
「マリナ。僕が愛してるのはきみだけだよ。マリナに生涯のパートナーになってほしい。疑ったりしないで」
 真理奈は彼の手を握り返して微笑んだ。
「わかってる。大丈夫よ、レオン。信じてるから」
 レオンハルトは嬉しそうに笑って真理奈を抱き締めた。繰り返しくちづけを交わし、こつりと額を合わせて彼は囁いた。
「ねぇ、マリナ。気分を変えて、今夜はレストランで食事しない? 婚約記念のディナー、まだしてないし……」
 真理奈は頬を染め、そうねと頷いた。レオンハルトから贈られたエレガントなワンピースに着替え、とりわけ美しい夜景が楽しめる特別室でロマンチックなディナーを満喫した。婚約指輪代わりのチェーンリングを撫でてレオンハルトは『鎖《チェーン》も案外悪くないな』と悪戯っぽく囁いた。
「マリナを僕に繋いでるって気がして安心だ」
 甘い言葉は上質なワイン以上に心地よく真理奈を酔わせる。それでも胸の奥にちりっとした痛みを覚えずにはいられなかった。ヴィルヘルムの冷ややかな言葉。
『はたしてあなたに王子妃が務まるのかな』
 そんなの、やってみなきゃ……わかんないわよ……。
 掻き立てられた不安を押し隠し、幸福そうに真理奈は微笑んだ。
 レオンハルトを愛してる。それはもう、誰に何を言われようが否定しようのない真実なのだから――。



というわけでヴィルヘルム王子と真理奈の初顔合わせでした。

『理系王子と拾われた花嫁』はこちら


実はまだ続きがあったりします(長いな!)
またそのうちupしますね~


2016年8月22日追記

メルマガ読者限定カテゴリに移動しましたので、イラストの青井レミ先生からいただいたラフを公開します。



ヴィルヘルム王子、かっこいいですよね……!
本編に出せず本当に残念でした。
封入のSSペーパーも、こちらのラフを思い浮かべながら読んでいただければより楽しめるかと!


コメントを投稿