あとがきにも書きましたが、『理系王子と拾われた花嫁』のヒーロー、レオンハルトにはお兄さんがいます。
バウムガルテン王国の皇太子、ヴィルヘルムさんです。
本文ではページの都合でやむなくカットし、封入のSSペーパーにてちょっとだけ登場させました。
初稿ではかなり長々登場していましたので、興味がある方もいるかなぁと思い(いてほしい!)、こちらにとりあえず一部upしておきます。
本編第六章のラスト、p.257ページから続きます。
なお、カットするにあたって前後の文章を書き換えましたので、本文とは矛盾点があります。
翌日はきちんと起きて朝食を摂り、仕事を始めた。レオンハルトは夕食までには戻ると言っていた。何を食べるかは帰って来てから決めればいいだろう。
彼は真理奈の手料理を美味しい美味しいと喜んで食べるけれど、作ってほしいとはあまり言わない。だが、食事は真理奈と一緒に摂りたがる。たぶん、料理そのものにはそれほどこだわりがないのだろう。というより食べること自体に関心が薄くて、執事の永井によれば放っておくと何も食べずに研究に熱中し、腹が減りすぎて倒れたこともあるらしい。真理奈がいてくれるときちんと食べてくださるので助かります、と永井に真顔で礼を言われたくらいだ。
真理奈のほうは、少なくとも人並みには食べることに関心がある。レオンハルトは好き嫌いがほとんどないので、メニューは勝手に決めさせてもらうことにした。
(何がいいかな。やっぱり何か作ってあげようかな……)
ああ、そうだ。せっかく北海道に行ったんだから、お菓子じゃなくてイクラとか鮭とか買って来てもらえばよかった。にわかにイクラと鮭の親子丼が食べたくなり、まだメールすれば間に合うかしらとスマートフォンを手に取ると、玄関口のほうから何やら人声が聞こえてきた。
(え? もう帰って来たの?)
ずいぶん早いな、と驚きつつ、迎えに出ようと立ち上がった真理奈は、部屋の入り口に現れた人影に息を呑んだ。それはレオンハルトにとてもよく似た人物だったが、明らかに彼ではなかった。
ほぼ同じ色の金髪はレオンハルトよりも襟足が短く、軽く後ろに撫でつけている。背格好は大体同じ。瞳は蒼で、少し冷たさを感じさせるほど怜悧な目つきだ。全体に冷やかな雰囲気か漂う美丈夫で、レオンハルトが太陽なら、彼は月といったところだろうか。
「……Speak German?」
ぶっきらぼうに問われ、真理奈は我に返ってかぶりを振った。
「No, but I speak English」
「OK」
彼は頷き、英語で話しだした。
「あなたがミス・クヌギだね?」
「椚真理奈です。あなたは……?」
「ヴィルヘルム・ルドルフ・フォン・ファーレンハイト。……レオンハルトの兄だ」
冷ややかな答えに唇を噛む。やっぱり……、そうだと思った。彼の血縁者であることは一目見ればわかる。
(この人が、バウムガルテンの皇太子、ヴィルヘルム王子……)
フェイスブックに掲載されていた写真のとおり、端整だが表情豊かとは言いづらい。その辺りも弟とは好対照だ。
(あ……、ヴィルヘルムって、もしかして……)
あのときレオンハルトに電話をかけてきた人物だ。叔母からの電話で忘れものに気付き、取りにいこうとしたときにかかってきた――。レオンハルトは何故か出たくなさそうな様子だった。仲はいいと言っていたはずなのに。
ヴィルヘルム王子は値踏みでもするようにじろじろと真理奈を眺めている。不愉快だったけれど、極力何気ないふうを装った。レオンハルトの家族と顔を合わすなり揉めたくはない。
彼はかすかに口許をゆがめた。それは笑みのように見えなくもなかったけれど、それにしてはずいぶん皮肉っぽい。脊髄反射的に真理奈はムカッとした。皇太子は微笑なのか軽侮なのか判然としない表情で切り出した。
「単刀直入に言おう。ミス・クヌギ。弟と別れてもらいたい」
予想はついていたので真理奈は驚かなかった。
「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
冷静に問い返すと、彼は意外そうに小さく眉を上げた。
「わざわざ言うまでもないと思うが。あなたと弟では――住む世界が違いすぎる」
さすがに『身分が違う』とは口にしなかったものの、言いたいことは結局一緒だ。これまた予想の範囲内だったので、別段ショックも覚えない。そんなことは言われるまでもなく、もうとっくに散々悩んだのだ。
「知っていますわ」
そっけなく応じると、皇太子の顔に初めて満足そうな表情が現れた。
「あなたが理解のある女性で嬉しいよ、ミス・クヌギ」
「誤解があるようですね。彼と別れる気はありません」
きっぱりと言い切ると、冷ややかな蒼い瞳が驚愕に見開かれた。
「……何だって?」
「いらっしゃるのがいささか遅かったようですね。わたしはもう、決めてしまいましたから」
不遜な微笑は掻き消え、皇太子は露骨な怒りの表情を浮かべるとつかつかと真理奈に歩み寄った。威圧的に見下ろされ、反射的に後退りそうになるのを必死に堪える。
「ミス・クヌギ。はっきり言わせてもらうが、私にはあなたが弟にふさわしい相手とは思えない」
「何故ですか。わたしが日本人だから? あなたやレオンのように金髪碧眼でないからですか」
ヴィルヘルムは眉間に皺を刻んだ。
「私をナチスか何かみたいに詰るのはやめてくれないか。極めて不愉快だ」
「決めて不愉快なのはこちらも同じです。わたしがレオンのように『高級な』育ち方をしていないことは認めますわ。ごく一般的な家庭に生まれ育った庶民です。でも、それを非難される謂われはありません」
「非難などしていない」
「確かにわたしとレオンは全然違う世界で育った。でも、これからは同じ世界で生きようと、いいえ、ふたりで新しい世界を作りながら生きていこうと決めたんです。わたしが彼にふさわしいかどうかはレオンが決めることであって、他の人にとやかく言われたくありません。たとえ彼のお兄さんでも」
「……随分な自信家だな。日本女性は慎ましく淑やかなものだと思っていたが」
「いつの時代の話ですか! 勝手な妄想を抱くのはやめてほしいわ。蝶々夫人もミス・サイゴンも、西洋のほうが優れているという無自覚の奢りと差別意識の産物よ」
真理奈は足を踏ん張ってヴィルヘルムを睨み付けた。本当は気押されていたし、彼の指摘は今でも真理奈の内でくすぶっている不安を的確に突いていた。
自分が王子様にふさわしいなんて思ってない。傍から見れば、もっと彼にふさわしい女性はいくらでもいるだろう。わかっていて、それでも彼を好きになってしまった。気付いたら、もう愛していたのだ。自らの半身のように。
真理奈は勇気を奮って呼びかけた。
「ユア・ハイネス。こんな話がありますね。人間はもともと一対のものが合体した存在で、それ自体で完全だった。しかし神によって半分に切断されてしまった。それ以来、元の片割れを求めて本来の完全な姿に戻ろうとする」
「……プラトンの饗宴だね。それはアリストパネスの恋愛論だ」
皇太子は少し顔つきを変えてしげしげと真理奈を眺めた。ギリシャ古典など短大の講義でたまたま取っただけだが、欧米のインテリに見直してもらうには効果があるかもしれないと、ハッタリをかましてみた。うまく乗ってくれたようだ。
ヴィルヘルムは皮肉っぽく口端をゆがめ、独りごちるように呟いた。
「『愛』とは自らに欠けた善を永遠に我がものにせんとする強烈な渇望である。プラトンはソクラテスにそう語らせた。……愛を極めんとする者は、天賦に恵まれた魂に出会い、肉体へ愛と知への愛を知り、ついにはあらゆる無常と相対性を乗り越えた永遠なる善へと達する――。ミス・クヌギ。あなたは自分がレオンにとってそういう存在だと主張するのかね」
真理奈は顔を赤らめた。
「別に高尚ぶりたいわけじゃありません。ただ、レオンとわたしはとても強く結びついているって感じるんです。無理に引き剥がされたら、その傷は生涯癒えることはなく、血を流し続ける……。わたしのことはいいの。でも、レオンが傷ついて、痛がって泣くのは絶対イヤ……! 彼が望まない限り、わたしはレオンと別れません。ずっと側にいるって約束したんです」
「情熱的だね。しかし、だからといってはたしてあなたに王子妃が務まるのかな」
自信のない部分を無遠慮に突かれ、言葉に詰まる。皇太子は切り捨てるように冷ややかに言い放った。
「私には、弟はエキゾチックな美女に一時的にのぼせ上がっているとしか思えないんだが」
――エキゾチックな美女? それってまさかあたしのこと……?
眉をひそめて真理奈はヴィルヘルムを見返した。彼はおもしろくなさそうな顔で憮然とこちらを眺めている。別に褒められたわけじゃないわと気を取り直し、真理奈は言い返した。
「そんなことありません。わたし、小さい頃にレオンと一度出会ってるんですから!」
ヴィルヘルムは眉をひそめ、チッと軽く舌打ちした。
「思い出したのか……」
真理奈はぽかんとして彼を見返した。
「……知ってたんですか」
「無論だ。弟があなたに異常に執着してることもな。大人になれば熱も冷めるだろうと、会わせないようにしていたのに……」
「な……!? まさか、レオンが長いこと国から出られなかったというのは……!?」
皇太子は肩をすくめた。
「別にわがままで引き止めたわけじゃない。これでも、いつ病気が再発して容体が急変するか本当にわからなかったのでね」
「完治したって聞きましたけど!?」
「再発の恐れはないというだけだ。とりあえず、今のところは」
まるで完治しないほうがいいような口ぶりに、真理奈は眉をひそめた。レオンハルトの兄だけあって、彼もどこか尋常でない執着心を秘めているのかもしれないと思い当たる。
思わぬ綻びに気付いたか、ヴィルヘルムはふたたび冷然とした顔つきに戻って真理奈に冷ややかな視線を向けた。
「とにかく、弟とは別れていただく」
「いやです! 少なくともあなたに言われたくないわ。レオンが別れてくれというならともかく」
皇太子は蒼い瞳をスッと細めた。
「私はあなたのためを思って言っているのだがね。つらい思いをして、恥までかくのは結局あなたのほうなんだから」
「……どういう意味ですか」
「弟には婚約者がいる。帰国すればすぐに結婚式だ」
「ぇ……!?」
息を呑んだ瞬間、真理奈を呼ぶ叫び声がして、開けっ放しだったドアのところにレオンハルトが現れた。全速力で走って来たらしく、息が上がっている。
「Was machst du denn hier, Wilhelm!?」
憤怒もあらわにドイツ語で怒鳴り、レオンハルトは兄を睨み付けた。
『理系王子と拾われた花嫁』
というわけで、もう少し続きます。
続きはそのうち……
2016年8月22日追記。
兄王子の憂鬱その2とその3はカテゴリー『番外編置き場』に移動しました。
バウムガルテン王国の皇太子、ヴィルヘルムさんです。
本文ではページの都合でやむなくカットし、封入のSSペーパーにてちょっとだけ登場させました。
初稿ではかなり長々登場していましたので、興味がある方もいるかなぁと思い(いてほしい!)、こちらにとりあえず一部upしておきます。
本編第六章のラスト、p.257ページから続きます。
なお、カットするにあたって前後の文章を書き換えましたので、本文とは矛盾点があります。
翌日はきちんと起きて朝食を摂り、仕事を始めた。レオンハルトは夕食までには戻ると言っていた。何を食べるかは帰って来てから決めればいいだろう。
彼は真理奈の手料理を美味しい美味しいと喜んで食べるけれど、作ってほしいとはあまり言わない。だが、食事は真理奈と一緒に摂りたがる。たぶん、料理そのものにはそれほどこだわりがないのだろう。というより食べること自体に関心が薄くて、執事の永井によれば放っておくと何も食べずに研究に熱中し、腹が減りすぎて倒れたこともあるらしい。真理奈がいてくれるときちんと食べてくださるので助かります、と永井に真顔で礼を言われたくらいだ。
真理奈のほうは、少なくとも人並みには食べることに関心がある。レオンハルトは好き嫌いがほとんどないので、メニューは勝手に決めさせてもらうことにした。
(何がいいかな。やっぱり何か作ってあげようかな……)
ああ、そうだ。せっかく北海道に行ったんだから、お菓子じゃなくてイクラとか鮭とか買って来てもらえばよかった。にわかにイクラと鮭の親子丼が食べたくなり、まだメールすれば間に合うかしらとスマートフォンを手に取ると、玄関口のほうから何やら人声が聞こえてきた。
(え? もう帰って来たの?)
ずいぶん早いな、と驚きつつ、迎えに出ようと立ち上がった真理奈は、部屋の入り口に現れた人影に息を呑んだ。それはレオンハルトにとてもよく似た人物だったが、明らかに彼ではなかった。
ほぼ同じ色の金髪はレオンハルトよりも襟足が短く、軽く後ろに撫でつけている。背格好は大体同じ。瞳は蒼で、少し冷たさを感じさせるほど怜悧な目つきだ。全体に冷やかな雰囲気か漂う美丈夫で、レオンハルトが太陽なら、彼は月といったところだろうか。
「……Speak German?」
ぶっきらぼうに問われ、真理奈は我に返ってかぶりを振った。
「No, but I speak English」
「OK」
彼は頷き、英語で話しだした。
「あなたがミス・クヌギだね?」
「椚真理奈です。あなたは……?」
「ヴィルヘルム・ルドルフ・フォン・ファーレンハイト。……レオンハルトの兄だ」
冷ややかな答えに唇を噛む。やっぱり……、そうだと思った。彼の血縁者であることは一目見ればわかる。
(この人が、バウムガルテンの皇太子、ヴィルヘルム王子……)
フェイスブックに掲載されていた写真のとおり、端整だが表情豊かとは言いづらい。その辺りも弟とは好対照だ。
(あ……、ヴィルヘルムって、もしかして……)
あのときレオンハルトに電話をかけてきた人物だ。叔母からの電話で忘れものに気付き、取りにいこうとしたときにかかってきた――。レオンハルトは何故か出たくなさそうな様子だった。仲はいいと言っていたはずなのに。
ヴィルヘルム王子は値踏みでもするようにじろじろと真理奈を眺めている。不愉快だったけれど、極力何気ないふうを装った。レオンハルトの家族と顔を合わすなり揉めたくはない。
彼はかすかに口許をゆがめた。それは笑みのように見えなくもなかったけれど、それにしてはずいぶん皮肉っぽい。脊髄反射的に真理奈はムカッとした。皇太子は微笑なのか軽侮なのか判然としない表情で切り出した。
「単刀直入に言おう。ミス・クヌギ。弟と別れてもらいたい」
予想はついていたので真理奈は驚かなかった。
「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
冷静に問い返すと、彼は意外そうに小さく眉を上げた。
「わざわざ言うまでもないと思うが。あなたと弟では――住む世界が違いすぎる」
さすがに『身分が違う』とは口にしなかったものの、言いたいことは結局一緒だ。これまた予想の範囲内だったので、別段ショックも覚えない。そんなことは言われるまでもなく、もうとっくに散々悩んだのだ。
「知っていますわ」
そっけなく応じると、皇太子の顔に初めて満足そうな表情が現れた。
「あなたが理解のある女性で嬉しいよ、ミス・クヌギ」
「誤解があるようですね。彼と別れる気はありません」
きっぱりと言い切ると、冷ややかな蒼い瞳が驚愕に見開かれた。
「……何だって?」
「いらっしゃるのがいささか遅かったようですね。わたしはもう、決めてしまいましたから」
不遜な微笑は掻き消え、皇太子は露骨な怒りの表情を浮かべるとつかつかと真理奈に歩み寄った。威圧的に見下ろされ、反射的に後退りそうになるのを必死に堪える。
「ミス・クヌギ。はっきり言わせてもらうが、私にはあなたが弟にふさわしい相手とは思えない」
「何故ですか。わたしが日本人だから? あなたやレオンのように金髪碧眼でないからですか」
ヴィルヘルムは眉間に皺を刻んだ。
「私をナチスか何かみたいに詰るのはやめてくれないか。極めて不愉快だ」
「決めて不愉快なのはこちらも同じです。わたしがレオンのように『高級な』育ち方をしていないことは認めますわ。ごく一般的な家庭に生まれ育った庶民です。でも、それを非難される謂われはありません」
「非難などしていない」
「確かにわたしとレオンは全然違う世界で育った。でも、これからは同じ世界で生きようと、いいえ、ふたりで新しい世界を作りながら生きていこうと決めたんです。わたしが彼にふさわしいかどうかはレオンが決めることであって、他の人にとやかく言われたくありません。たとえ彼のお兄さんでも」
「……随分な自信家だな。日本女性は慎ましく淑やかなものだと思っていたが」
「いつの時代の話ですか! 勝手な妄想を抱くのはやめてほしいわ。蝶々夫人もミス・サイゴンも、西洋のほうが優れているという無自覚の奢りと差別意識の産物よ」
真理奈は足を踏ん張ってヴィルヘルムを睨み付けた。本当は気押されていたし、彼の指摘は今でも真理奈の内でくすぶっている不安を的確に突いていた。
自分が王子様にふさわしいなんて思ってない。傍から見れば、もっと彼にふさわしい女性はいくらでもいるだろう。わかっていて、それでも彼を好きになってしまった。気付いたら、もう愛していたのだ。自らの半身のように。
真理奈は勇気を奮って呼びかけた。
「ユア・ハイネス。こんな話がありますね。人間はもともと一対のものが合体した存在で、それ自体で完全だった。しかし神によって半分に切断されてしまった。それ以来、元の片割れを求めて本来の完全な姿に戻ろうとする」
「……プラトンの饗宴だね。それはアリストパネスの恋愛論だ」
皇太子は少し顔つきを変えてしげしげと真理奈を眺めた。ギリシャ古典など短大の講義でたまたま取っただけだが、欧米のインテリに見直してもらうには効果があるかもしれないと、ハッタリをかましてみた。うまく乗ってくれたようだ。
ヴィルヘルムは皮肉っぽく口端をゆがめ、独りごちるように呟いた。
「『愛』とは自らに欠けた善を永遠に我がものにせんとする強烈な渇望である。プラトンはソクラテスにそう語らせた。……愛を極めんとする者は、天賦に恵まれた魂に出会い、肉体へ愛と知への愛を知り、ついにはあらゆる無常と相対性を乗り越えた永遠なる善へと達する――。ミス・クヌギ。あなたは自分がレオンにとってそういう存在だと主張するのかね」
真理奈は顔を赤らめた。
「別に高尚ぶりたいわけじゃありません。ただ、レオンとわたしはとても強く結びついているって感じるんです。無理に引き剥がされたら、その傷は生涯癒えることはなく、血を流し続ける……。わたしのことはいいの。でも、レオンが傷ついて、痛がって泣くのは絶対イヤ……! 彼が望まない限り、わたしはレオンと別れません。ずっと側にいるって約束したんです」
「情熱的だね。しかし、だからといってはたしてあなたに王子妃が務まるのかな」
自信のない部分を無遠慮に突かれ、言葉に詰まる。皇太子は切り捨てるように冷ややかに言い放った。
「私には、弟はエキゾチックな美女に一時的にのぼせ上がっているとしか思えないんだが」
――エキゾチックな美女? それってまさかあたしのこと……?
眉をひそめて真理奈はヴィルヘルムを見返した。彼はおもしろくなさそうな顔で憮然とこちらを眺めている。別に褒められたわけじゃないわと気を取り直し、真理奈は言い返した。
「そんなことありません。わたし、小さい頃にレオンと一度出会ってるんですから!」
ヴィルヘルムは眉をひそめ、チッと軽く舌打ちした。
「思い出したのか……」
真理奈はぽかんとして彼を見返した。
「……知ってたんですか」
「無論だ。弟があなたに異常に執着してることもな。大人になれば熱も冷めるだろうと、会わせないようにしていたのに……」
「な……!? まさか、レオンが長いこと国から出られなかったというのは……!?」
皇太子は肩をすくめた。
「別にわがままで引き止めたわけじゃない。これでも、いつ病気が再発して容体が急変するか本当にわからなかったのでね」
「完治したって聞きましたけど!?」
「再発の恐れはないというだけだ。とりあえず、今のところは」
まるで完治しないほうがいいような口ぶりに、真理奈は眉をひそめた。レオンハルトの兄だけあって、彼もどこか尋常でない執着心を秘めているのかもしれないと思い当たる。
思わぬ綻びに気付いたか、ヴィルヘルムはふたたび冷然とした顔つきに戻って真理奈に冷ややかな視線を向けた。
「とにかく、弟とは別れていただく」
「いやです! 少なくともあなたに言われたくないわ。レオンが別れてくれというならともかく」
皇太子は蒼い瞳をスッと細めた。
「私はあなたのためを思って言っているのだがね。つらい思いをして、恥までかくのは結局あなたのほうなんだから」
「……どういう意味ですか」
「弟には婚約者がいる。帰国すればすぐに結婚式だ」
「ぇ……!?」
息を呑んだ瞬間、真理奈を呼ぶ叫び声がして、開けっ放しだったドアのところにレオンハルトが現れた。全速力で走って来たらしく、息が上がっている。
「Was machst du denn hier, Wilhelm!?」
憤怒もあらわにドイツ語で怒鳴り、レオンハルトは兄を睨み付けた。
『理系王子と拾われた花嫁』
というわけで、もう少し続きます。
続きはそのうち……
2016年8月22日追記。
兄王子の憂鬱その2とその3はカテゴリー『番外編置き場』に移動しました。
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