鷹守イサヤ💞上主沙夜のブログ

乙女ノベルとライト文芸を書いてる作家です。ご依頼はメッセージから。どちらのジャンルもwelcome!

海底宮殿にて@不埒な海竜王に怒濤の勢いで溺愛されています!

2018-08-28 | 番外編置き場


昨日ふと思いついて勢いで書いたSSです。
今回、本編ではヒーロー視点がほぼありませんでした。
ちょっとだけ入ってるところは俺様暴君な感じですし。性格悪いと思われてそうですが、そうでもないんですよ

というわけで、彼があえて隠してる本音の部分を書いてみました。



『悲しまないで。また逢えるから』
 囁いて微笑んだ彼女はとても美しかった。共に過ごした長い年月が、その顔にくっきりと刻まれていても。それでも誰より彼女は美しい。
 何故ならその美しさは彼女の魂が放つ輝きだから──。
 輝きを捉える〈神〉の目があってよかったと思う。同時に、けっして彼女と一緒に旅立つことのできない己が呪わしい。
 彼女の死とともに世界が終わってしまえばいいのに。
 愛する人を看取るたびに歯ぎしりする。胸を掻きむしる。もう二度と、人《ヒト》など愛するものかと固く決意する。
 そんな自暴自棄《やけくそ》の決意を、彼女は軽く笑い飛ばすのだ。
『困ったひとね。また逢えるのだから、泣くことなんてないのに』
 そしてすっかり細くなった指でそっと頬を撫で、微笑んだ。
『きっとよ? 約束するわ』
 ──絶対に、絶対か?
 駄々っ子のように問い詰められ、苦笑して彼女は頷く。
『絶対に、絶対よ。だってわたし、もう何度もあなたに逢いに来たんだから。──思い出したの。わたし、ずーっと前からあなたを知ってる。何度も何度も逢いに来たわ。だから、ね。また逢いに来るわよ』
 ──それはいつだ? 明日か、明後日か? 一年後か、二年後か。
『うーん……。そんなに早くは無理だと思うわ。なるべく早く……とは思うけど、少し休まないとだめみたい。あなたは永遠に生きる〈神〉だもの。きっとすぐよ。そうね……、瞬きするくらいのあいだじゃないかしら』
 それは違う。おまえがいるときと不在のときでは時間の流れ方がまるで異なる。おまえと共にあればあっというまに時間は過ぎ去り、孤独の時は果てしなく長い。
 ──そうだな。
 言葉を呑み込んで、ただ頷いた。繰り言など彼女を悲しませるだけだから。
『じゃあわたし、そろそろ行くわね』
 明るく告げて彼女はスッと起き上がった。年老いて自由にならない肉体から、魂だけが軽々と身を起こす。それは彼女の肉体がもっとも美しさと生気に満ちあふれていた時代の姿だった。
 彼女は愛おしそうに頬を撫で、そっと唇を重ねた。
『さよならは言わないわ。絶対また逢えるんだもの。だから──。……じゃあ、またね!』
 にっこりと笑い、ふわっと宙に浮く。
『わたし、もっと綺麗になって戻ってくるわ。楽しみに待ってて』
 ──ああ、待っている。
 漸う微笑み、固く拳を握りしめる。彼女に向かって手を伸ばさないように。捕まえてしまわないように。
 望めばたやすい。彼女の魂を永遠に地上に留めておくことは。永遠に老いない肉体を与えて眷属となし、側に侍らせておくことも。
 だが、そうすれば彼女の魂は次第に曇り始めるだろう。あたたかく澄んだ輝きはくすみ、やがては永遠に失われてしまう。
 それはもう彼女ではない。ただの残骸だ。
 彼女の美しさを永遠に留めるためには、手放さなくてはならないのだ。
 この身を引き裂かれるような苦痛とともに、何度も、何度でも──。
 握りしめた拳を震わせる姿をじっと見つめ、彼女は微笑んだ。
『レヴィアス。やっぱりあなた、神様よね』
 虚を衝かれて見返すと、彼女はふたたびにっこりと笑った。大輪の花のように。蒼穹に照り輝く太陽のように。
『だからわたし、もっと綺麗になって必ず帰ってくるわ。そしてまたあなたに、初めての恋をするの。だから寂しくても我慢して。ほんのちょっと、待っててね?』
 ふふっと悪戯っぽい笑みを残し、彼女の魂は消えた。しばし呆然とし、残された肉体に視線を戻す。
 彼女は微笑んでいた。幸せそうに。満足そうに。
 身をかがめ、まだぬくもりの残る唇にそっとくちづける。
「……ありがとう」
 ずっと側にいてくれて。愛してくれて。
 たくさんの感情を、いろんな表情を、見せてくれて。
 ありがとう。
 信じて待とう。ともに紡いだ、かけがえのない思い出を胸に──。


「……ん……」
 かすかな吐息を洩らし、寝返りを打ったリリベルが鼻先を胸板に擦りつけてくる。
 肩を抱くと、くふんと満足そうな溜息が聞こえた。
 深い深い海底の宮殿。ランプ代わりのクラゲがふわりふわりと室内を漂う。
 ふたりで結婚の儀式を行ない、契りを結んだ。
 あんまり嬉しくて、初めての彼女に少し激しくしすぎたようだ。疲れ切った彼女は風呂に入れてやっても目を覚まさなかった。
 波うつ金髪をそっと撫でる。閉じられた瞼の下でかすかに眼球が動いた。
 どんな夢を見ているのだろう。前世のこと? その前のこと?
 ──いや、思い出さなくていい。いつだって彼女が思い出すのは死の直前だったし、悲しいことは忘れたままのほうがいいのだ。
 太古の昔、無慈悲な創造神によって我らは引き裂かれた。それでも彼女は生前に立てた誓いを守り、人の身となって戻ってきてくれた。
 何度も。何度も。
 おそらくは誓いのことなどとうに忘れているだろう。なのに転生するたび律儀に『約束』を更新して。また来るわ、と笑って去ってゆくのだ。
 そのたびに愛《かな》しさが増した。
 彼女の魂が放つ輝きは深い海の底まで届く。悲嘆にくれる我を、それと気付かぬうちにそっと揺り動かす。
 導かれるように海をさまよい、見つけ出すのだ。
 同じ魂を持ちながら、まったく別の姿に生まれ変わった彼女を。
 今生では金髪だが、黒髪のときも茶色のときもあった。青い瞳のときも、翠の瞳のときも、黒い瞳のときも。
 顔立ちもその時々でまったく違う。
 唯一、魂の輝きだけは変わらない。──いや、転生のたびに少しずつ輝きは増していた。転生を繰り返すことで、彼女の魂は磨かれてゆくのかもしれない。
 まばゆいほどに。
 同時に表面的な記憶は削られ、失われる。具体的な出来事は消えてしまっても、そのときの感情は根幹に残る。ともに経験した思い出が消えた後でも、感じた喜怒哀楽は魂にしっかりと刻み込まれているのだ。
 その清冽な魂が、たまらなく愛おしい。
 永遠に抱きしめていたい。なのにそうすれば輝きが失われてしまう。なんとも歯がゆく、せつないことだ。
 かすかな笑みを浮かべて眠るリリベルの頬に、そっとくちづけた。
 今は、追憶にさまようのをやめよう。
 こうして彼女が腕の中にいるのだから。
 今ここにいる彼女《リリベル》を全身全霊で愛せばいい。
「……忘れてるだろうけど、おまえは昔、女神だったんだぞ?」
 眠る彼女に囁く。
 創造神によって滅ぼされた、海竜族《レヴィヤタン》の女たち。
 至高神でもその魂までは滅ぼせなかった。
 いつか彼女たちは女神に返り咲く。
 世界が終わる、そのときに。
 そのときこそ、我々は真にひとつになれるのだ。
 だから今は。
 ただ黙って抱きしめていよう。
 優しいぬくもりと涼やかな香りに包まれて。
 おまえを抱きしめていよう。



実は意外と純情なひとなんですよ。
ってことが伝わったら嬉しいです

大事だからあえて手放せるのが神様で、執着しすぎて手放せないのが悪魔かな、って思ったり。


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