北海道の鉄道路線図を作成しました。
数年前から北海道の廃線を図化していたのですが、「1970年代 北海道鉄道写」というページの殖民軌道の記事に心奪われ、殖民軌道の路線図を追加しました。この殖民軌道は国鉄の路線が整備されるごとに退廃を繰り返していく過程をたどったようなのですが、この過程がなんとも魅力的で、最終的には北海道の鉄道路線の歴史をたどりたくなってしまい、現役線も含めて開業、廃止の区間単位で作成しました。
参考資料は主にウィキペディア、上記サイト等で、トレース原図は地理院淡色地図、1961-1969の空中写真その他、国土地理院の米軍空中写真等です。
将来的には年単位で絞込表紙機能を付けたWebMapで配信しちゃおうか?などと考えています。
とりあえず地図のお気に入りの部分を掲載しちゃいます。背景地図は ESRI World Topographic Map を利用しています。(このESRIの地図は路線網図の背景として最適な地図です。)
北海道道東の殖民軌道
赤い線が殖民軌道、これほどの路線があったとは驚きです。標津線の開業に合わせて廃止されて行きます。根室半島の先っぽにある緑色の路線が銀竜号でおなじみの根室拓殖鉄道です。
旭川
薄い青が旭川市街軌道、函館本線大町支線の先に陸軍第7師団専用線。右下東に延びるのが旭川電気軌道です。
留萌
港に延びるのが留萌鉄道の港湾線、羽幌線の旧線や右下の引込線はたぶん北海道人造石油の引込線です。国土地理院の米軍撮影の航空写真をQGISでリファレンスしてトレースしました。マニアックでしょう?
苫小牧
支笏湖の西にあるのが千歳金山の専用鉄道、支笏湖西岸から船で王子山線軌道に連絡し、苫小牧まで輸送していたとか。
数年前から北海道の廃線を図化していたのですが、「1970年代 北海道鉄道写」というページの殖民軌道の記事に心奪われ、殖民軌道の路線図を追加しました。この殖民軌道は国鉄の路線が整備されるごとに退廃を繰り返していく過程をたどったようなのですが、この過程がなんとも魅力的で、最終的には北海道の鉄道路線の歴史をたどりたくなってしまい、現役線も含めて開業、廃止の区間単位で作成しました。
参考資料は主にウィキペディア、上記サイト等で、トレース原図は地理院淡色地図、1961-1969の空中写真その他、国土地理院の米軍空中写真等です。
将来的には年単位で絞込表紙機能を付けたWebMapで配信しちゃおうか?などと考えています。
とりあえず地図のお気に入りの部分を掲載しちゃいます。背景地図は ESRI World Topographic Map を利用しています。(このESRIの地図は路線網図の背景として最適な地図です。)
北海道道東の殖民軌道
赤い線が殖民軌道、これほどの路線があったとは驚きです。標津線の開業に合わせて廃止されて行きます。根室半島の先っぽにある緑色の路線が銀竜号でおなじみの根室拓殖鉄道です。
旭川
薄い青が旭川市街軌道、函館本線大町支線の先に陸軍第7師団専用線。右下東に延びるのが旭川電気軌道です。
留萌
港に延びるのが留萌鉄道の港湾線、羽幌線の旧線や右下の引込線はたぶん北海道人造石油の引込線です。国土地理院の米軍撮影の航空写真をQGISでリファレンスしてトレースしました。マニアックでしょう?
苫小牧
支笏湖の西にあるのが千歳金山の専用鉄道、支笏湖西岸から船で王子山線軌道に連絡し、苫小牧まで輸送していたとか。
奥行臼駅に行かれたんですね。私は道東にはバイクツーリングで30年前と20年前に行っているのですが、最初は単独で鉄道のことなどほとんど頭になく、その次は仲間がいたので触れる機会がありませんでした。なのでとても羨ましく、残念でなりません。
20年ほど前に道東を訪れ、旧標津線の奥行臼駅や別海村営軌道の保存車を見て感動したのを思い出しました。