毎日新聞2017年12月14日(記者の目)
「多死社会」変わる弔いの現場 自分の死と向き合おう=山口知(大阪社会部)
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1995年の92万人が2015年に129万人、35年には165万人--。
高齢化で国内の死者数は年々増加し、日本社会は「多死社会」に突入しつつある。
春以降、連載「死と向き合う」の取材を始めると、家族関係の希薄化や~
貧困を背景に弔いの現場が様変わりし、全国の政令市で無縁仏が過去10年
でほぼ倍増するなど深刻な状況に陥っていることがわかった。
誰も死から逃れられない。
だからこそ、一人一人が自分の死と向き合う必要性を痛感している。
《大阪市の無縁仏、最多9人に1人》
都市部で無縁仏が増えているとは聞いていたが、具体的な数字がない。
全国20政令市に取材すると、15年度に引き取り手がなく、
税金で火葬後、保管・埋葬された遺骨は計7363柱に上った。
全政令市の15年の死者数は24万4656人。年度と年間の違いはあるが、
亡くなった人の33人に1人が無縁仏だった。最多の大阪市は2999柱で
実に9人に1人。自分が死ねば家族や友人に見送られ、ご先祖と同じ墓に入る。
漠然とそう考えていた私にはショッキングな数字だった。
無縁の遺骨は公営の納骨堂などで一定期間保管された後、合葬墓に
合祀(ごうし)される。
遺骨は増え続けており、大阪市は15年度、収容量を4・2倍に増やした。
担当者は「今後も増え続けるだろう」と話す。背景には、死者の引き取り
を拒む家族や親戚の増加、葬儀代などを工面できない貧困層の拡大があり、
行政は有効な対策を打ち出せないでいる。
取材を進めると、16年までの3年間で、人の遺骨が計203件、
落とし物として全国の警察に届けられていた。うち8割以上の166件は
落とし主が分からないままだ。
駅のコインロッカーや図書館に放置されたものもあった。
東洋大元教授でNPO法人
「エンディングセンター」(東京都)の井上治代理事長は「核家族化が進み、
親子や親族間の関係が希薄になっている。最近は家族の中でも個の意識が強く、
同じ墓に入る風習が薄れていることも要因の一つ」と指摘する。
身の回りでも思い当たる話だ。
私が取材した横浜市の女性(57)は08年に母を自殺で亡くした。
74歳だった。遺書もなく、自殺の理由は今も分からない。母は前年、
病死した夫(女性の父)の遺骨を神奈川県内の寺の境内に放置し、
死体遺棄容疑で書類送検された(後に不起訴処分)。
1人暮らしで墓を買う余裕がなく、遺骨は約3年間、自宅に置いていた。
警察の調べに「自分が死んだ後、娘らに負担をかけたくなかった」
と供述したという。遺骨をどうするか、女性は母から何度か相談
を受けたことがあった。「その時は深く考えなかった。
母の思いにもっと寄り添っていればよかった」と悔やんだ。
兵庫県尼崎市で今年6月、64歳で急死した男性には重度の知的障害を
持つ妹(57)がいた。
男性は遺言を残したり、成年後見人をつけたりしていなかったため、
財産を管理できる人がいない事態になった。
妹の親族から相談を受けた行政書士は「市が裁判所に後見人選定を
申し出ることはできるが、その場合、故人の意向は反映されない。
生前の準備が何より重要」と話す。
《「縁起が悪い」と終活敬遠の文化》
私には二つの事例が特別なケースとは思えない。どちらも本人や周囲が
早くから「その日」に備えていれば、状況は変わっていたかもしれない。
でも自分や家族の死について考えるのは「縁起が悪い」と敬遠する人
が大多数だろう。
私は39歳で妻と1男1女の4人家族。家族で死について話し合った
こともなければ、葬儀や埋葬方法など考えたこともない。持病もないので、
今死ぬとしたら不慮の事故だろうか。
そう考えただけで縁起が悪い。実家に住む両親も墓は買ったが、
葬儀の形態や財産の整理、亡くなった際の連絡先を考えたりする「終活」
をしている様子はない。元気なうちに両親のことをもっと知っておきたいと思い、
「自分たちの人生を振り返って文章に残してほしい」と頼んだが、
「バカなことを」と一蹴された。どの家族も似たようなものではないだろうか。
もちろん、一連の取材で死後について真剣に考えている人もいた。
愛知県の男性(74)は、大学医学部の解剖実習用に遺体を提供する
「献体」の登録をした。
「大学に火葬してもらえるのでお金は不要。身内に迷惑をかけず、
社会貢献にもなるので『一石三鳥』です」。
篤志解剖全国連合会(東京都)によると、近年は毎年5000人以上
が登録。受け入れを制限する大学もあるという。医療への貢献という
尊い行為だが、「理由の半分はお金がかからないこと」と話す男性が、
経済的に豊かでも献体を選んだかと考えると、複雑な気持ちになる。
時代や個人の価値観で死に対する考え方は変わる。
ただ、無責任な態度を取るべきでは
ないだろう。日本エンディングサポート協会の佐々木悦子理事長は
「死はいつ訪れるか分からない。
送る側、送られる側がお互いに後悔しないよう一歩踏み出してほしい」と話す。
前向きに自分の死と向き合う動きが広がれば、悲惨な死後が一つでも少なくなる
と信じている。
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長々と新聞記事を紹介したがそれぞれ含蓄のあるフレーズなので勝手に
要約したら筆者に失礼と思い全文を書き写した。
2017-12-18 カテゴリー[健康・食生活]にアップした記事
『Living Will・・・』の次のテーマかも知れない。
と書いたが中々方向付けが難しいテーマでもある。
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