ここは、赤穂藩から津山藩に入ったところにある山道である。険しい山々を通るその山道に、1人の男がやってきた。
夏の暑さに、その男は手で汗をぬぐっている。
「こんな暑い最中だが、ここで休むわけにはいかないな……」
男は30歳ぐらいの風貌であり、顔つきは端正かつ男前である。股旅姿の外見で、頭には三度笠をかぶっている。
その男は1人で旅をしているようであるが、どういう目的で旅をしているかは一切不明である。それどころか、出自すらも全くの謎である。
そのとき、真上からいきなり何者かが襲ってきた。これを見たその男は左手で刀を抜くと、それを見透かしたかのように敵を斬り倒した。
すると、一目見ただけでならず者と分かる集団が目の前に現れてきた。その集団は、その男を逃すまいと10人がかりで周りを取り囲んだ。
ならず者たちは刀を抜くと、恐そうな顔つきでその男をにらみつけている。彼らの目的がどんなものかは一目瞭然である。
「おめえの噂はおれも聞いたことがあるが、まさかこんなところで会うとはなあ……」
「どういう意味だ」
「決まっているだろ。この場でおめえのお命をもらいにきたのさ」
ならず者たちは、その男を仕留めようと刀を振り下ろしながら襲いかかった。しかし、その男は次々と迫ってくるならず者たちを続けざまに斬っていった。それは、左利きから繰り出した刀さばきによるものである。
こうして、その男が縦横無尽に斬りまくると、ならず者たちはその場に続々と倒れ込んだ。地面に横たわる屍の数々に、ならず者の1人は口を震わせながらつぶやいた。
「あ、あれが左利きの次郎兵衛というのか……」
左利きであっても、すぐに右利きに矯正されることが多かった江戸時代中期。もちろん、刀さばきも右利きというのが暗黙の了解である。
それ故に、左利きで刀を扱うのはめったにいないものである。次郎兵衛は、そんな左利きの刀使いとしてならず者の間で恐れる存在となっている。
「いきなり襲ってきた割には、手ごたえは大したことないなあ」
「ちっ、おぼえてやがれよ!」
次郎兵衛の強さに、ならず者たちは捨てゼリフを吐き捨てながら立ち去って行った。
「やれやれ、敵にしては骨のないやつらだな」
次郎兵衛は刀を右腰へ戻すと、再び山道を踏みしめながら歩き出した。孤独で終わりなき旅の中で、命を狙われたことは数知れない。
そんな次郎兵衛だが、もちろん孤独を好んでいるわけではない。むしろ、家族の温かさを誰よりも欲しているのが次郎兵衛である。
しかし、いつ命を落としてもおかしくない身としては平穏な生活など望むべくもないのが現実である。
住むべき家も、帰るべき家もない……。
次郎兵衛は、そういう現実を受け入れながら山道を歩き続けている。
そのとき、少年らしき声が次郎兵衛の耳に入ってきた。すぐに左へ振り向くと、ため池で遊んでいる1人の少年の姿があった。
「こんな山奥に子供の姿があるとは……」
次郎兵衛は、少年がいるため池の近くへ行くことにした。よく見ると、その少年は裸に腹掛け1枚だけの格好で水遊びをしている。
あるときは水の中に足を入れてはパシャパシャさせたり、またあるときはため池に向かって石を投げたり……。
その顔つきは、まだ幼くあどけないものがある。
殺伐とした旅路を歩き続ける中にあって、次郎兵衛はふと目についたその少年を見つめている。いくら山奥の小さい村であっても、他に友達がいてもおかしくないはずである。
なぜ1人だけで遊んでいるのか、次郎兵衛はどうしても気になって仕方がない。
「えいっ! えいっ!」
少年がため池に石を投げて遊んでいる姿を見ようと、次郎兵衛はその様子を近くで見つめていた。
すると、少年はいきなり振り向きざまに次郎兵衛へ石を投げつけた。その表情は、次郎兵衛に対する強い憎しみに満ちた目つきである。
「おっとうを返せ! おっとうを返せ!」
「一体どうしたんだ。わしは……」
「よくもおっとうを殺しやがって! おっとうを返せ!」
父親が殺された憎しみをぶつけようと、少年は涙を浮かべながら何度も石を投げつけている。その涙は、父親を失った少年の悲しみや喪失感をそのまま表している。
次郎兵衛は、何か事情があるのではと少年に話しかけようとした。殺した人への怒りや憎しみを持つのは、次郎兵衛にとっても痛いほど分かるからである。
しかし、少年はそんな次郎兵衛の言葉をなかなか聞き入れようとしない。
そんな折、ならず者の集団がため池の見えるところへ再びやってきた。
夏の暑さに、その男は手で汗をぬぐっている。
「こんな暑い最中だが、ここで休むわけにはいかないな……」
男は30歳ぐらいの風貌であり、顔つきは端正かつ男前である。股旅姿の外見で、頭には三度笠をかぶっている。
その男は1人で旅をしているようであるが、どういう目的で旅をしているかは一切不明である。それどころか、出自すらも全くの謎である。
そのとき、真上からいきなり何者かが襲ってきた。これを見たその男は左手で刀を抜くと、それを見透かしたかのように敵を斬り倒した。
すると、一目見ただけでならず者と分かる集団が目の前に現れてきた。その集団は、その男を逃すまいと10人がかりで周りを取り囲んだ。
ならず者たちは刀を抜くと、恐そうな顔つきでその男をにらみつけている。彼らの目的がどんなものかは一目瞭然である。
「おめえの噂はおれも聞いたことがあるが、まさかこんなところで会うとはなあ……」
「どういう意味だ」
「決まっているだろ。この場でおめえのお命をもらいにきたのさ」
ならず者たちは、その男を仕留めようと刀を振り下ろしながら襲いかかった。しかし、その男は次々と迫ってくるならず者たちを続けざまに斬っていった。それは、左利きから繰り出した刀さばきによるものである。
こうして、その男が縦横無尽に斬りまくると、ならず者たちはその場に続々と倒れ込んだ。地面に横たわる屍の数々に、ならず者の1人は口を震わせながらつぶやいた。
「あ、あれが左利きの次郎兵衛というのか……」
左利きであっても、すぐに右利きに矯正されることが多かった江戸時代中期。もちろん、刀さばきも右利きというのが暗黙の了解である。
それ故に、左利きで刀を扱うのはめったにいないものである。次郎兵衛は、そんな左利きの刀使いとしてならず者の間で恐れる存在となっている。
「いきなり襲ってきた割には、手ごたえは大したことないなあ」
「ちっ、おぼえてやがれよ!」
次郎兵衛の強さに、ならず者たちは捨てゼリフを吐き捨てながら立ち去って行った。
「やれやれ、敵にしては骨のないやつらだな」
次郎兵衛は刀を右腰へ戻すと、再び山道を踏みしめながら歩き出した。孤独で終わりなき旅の中で、命を狙われたことは数知れない。
そんな次郎兵衛だが、もちろん孤独を好んでいるわけではない。むしろ、家族の温かさを誰よりも欲しているのが次郎兵衛である。
しかし、いつ命を落としてもおかしくない身としては平穏な生活など望むべくもないのが現実である。
住むべき家も、帰るべき家もない……。
次郎兵衛は、そういう現実を受け入れながら山道を歩き続けている。
そのとき、少年らしき声が次郎兵衛の耳に入ってきた。すぐに左へ振り向くと、ため池で遊んでいる1人の少年の姿があった。
「こんな山奥に子供の姿があるとは……」
次郎兵衛は、少年がいるため池の近くへ行くことにした。よく見ると、その少年は裸に腹掛け1枚だけの格好で水遊びをしている。
あるときは水の中に足を入れてはパシャパシャさせたり、またあるときはため池に向かって石を投げたり……。
その顔つきは、まだ幼くあどけないものがある。
殺伐とした旅路を歩き続ける中にあって、次郎兵衛はふと目についたその少年を見つめている。いくら山奥の小さい村であっても、他に友達がいてもおかしくないはずである。
なぜ1人だけで遊んでいるのか、次郎兵衛はどうしても気になって仕方がない。
「えいっ! えいっ!」
少年がため池に石を投げて遊んでいる姿を見ようと、次郎兵衛はその様子を近くで見つめていた。
すると、少年はいきなり振り向きざまに次郎兵衛へ石を投げつけた。その表情は、次郎兵衛に対する強い憎しみに満ちた目つきである。
「おっとうを返せ! おっとうを返せ!」
「一体どうしたんだ。わしは……」
「よくもおっとうを殺しやがって! おっとうを返せ!」
父親が殺された憎しみをぶつけようと、少年は涙を浮かべながら何度も石を投げつけている。その涙は、父親を失った少年の悲しみや喪失感をそのまま表している。
次郎兵衛は、何か事情があるのではと少年に話しかけようとした。殺した人への怒りや憎しみを持つのは、次郎兵衛にとっても痛いほど分かるからである。
しかし、少年はそんな次郎兵衛の言葉をなかなか聞き入れようとしない。
そんな折、ならず者の集団がため池の見えるところへ再びやってきた。
「左利きの次郎兵衛め、こんなところにいたのか……」
※第2話以降は、こちらの小説投稿サイトにて読むことができます(無料です)。
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