今が一番

今日も心元気に

ポツンと一軒家

2019-06-27 10:46:59 | 日記


絵と文は関連がありません。
パース(完成予想図)作成の仕事をしていた時のものです。
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何だか信憑性のない番組。いかにもやらせみたいに感じるバラエティー番組。最近ではお笑いタレントの闇営業で、嘘の口裏合わせをした挙句、関係者の証言で事実が明るみに出たら一転お詫びと謹慎とか…不信感しかない。

そんな中、安心して見られるこの番組がとても好きだ。
一軒、一軒必ず感動的な人生のドラマがある。
訪れてインタビューする方が、とても真摯で質問も的を得ていて、自分の聞きたいことをきちんと聞いてくれて、お人柄もとても好感が持てる。

山奥に暮らすのは、自然の素晴らしさ以外は大変な事だらけだと思う。
自分の子供の頃の暮らしは、山奥ではないまでもほとんど同じだった。

一度都会暮らしを経験してしまうと、あの頃には戻りたくない(^^;

水道がなく、風呂が外で、トイレは汲取りで、電気は辛うじて通っていたが、しょっちゅう停電していたあの頃…
段々便利になって快適になっていく喜びがとてもあった。自然も豊かで暗くなるまで泥んこになって遊んだあの頃…

でも戻りたくない。
戻りたくないのに、この番組が好きなのは郷愁なのかどうかはわからない。

今は姉夫婦が住んでいるので、呑気に無責任に言えるのかも知れない。
自然環境は当時とそれ程変わらないが、生活は都会と同じになった。
姉夫婦がいなかったらどうなっているのか想像もつかない。
たまに訪れる田舎は素晴らしいが…

住み続ける理由に「親の残した家を守りたい」と語る方が多い。
ずーっと暮らし続けて、結果自然や家を守り抜いて今に至ってるのだろう。
出て行く発想がない方がほとんどだ。

23日放送の家族は逆のパターンだった。とても幸せそうだったが、奥様のお母様が街から来ていて「私はこういう暮らしは嫌です」と笑いながら言っていたのが印象的だ。同感だった。

スタジオのコメントは「理想的ですね」と全肯定だったが、田舎の本当の暮らしを知らない人は、往々にして良い一面だけを見て絶賛する。
実際に暮らすと大変と言う事を経験してみないとねぇ(笑)

今が一番。ありがとう。
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八村塁さん、(NBA)9位指名

2019-06-22 14:56:53 | 日記

絵と文は関連がありません。
パース(完成予想図)作成の仕事をしていた時のものです。
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米プロバスケットボール(NBA)の事は全然わからないが、八村塁と言う若者が日本人初の1巡目で9位指名を受けた。凄さも良く分からない(^^;
が、その若者はとても礼儀正しく、ピシッとしたスーツ姿に「日の丸」バッチをつけキラキラ微笑んでいた。

とにかくすごいらしい。

会見で、切っ掛けをくれた恩師に感謝の言葉を述べ、それを見ていた恩師が涙ぐみ、電話をかけて来た時の映像でも感謝の言葉を述べ、恩師は声を詰まらせていた。
テレビで見ていてもらい泣きした。全ての事が繋がっての結果なんだろうなと感じる。

NBAに関心を持った始まりの1日になった。塁君、頑張れーー。

今が一番。ありがとう。
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日ハム移転で赤字転落懸念、札幌市

2019-06-17 12:00:24 | 日記


絵と文は関連がありません。
パース(完成予想図)作成の仕事をしていた時のものです。
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初めからわかっていた事なのに、今更慌てても遅いと思う。

札幌市も札幌ドームも高を括って「日ハムが球団のサービスや環境改善の提案」に対して何一つ譲歩せず、大した努力もせず、熱意もほとんど示さず…
(当時の札幌市長の会見や経過を見ていた限りでは…市民にはそう見えた)

球団は札幌を離れ、北海道にある北広島と言う隣接した市に移転する事を決めた。

日ハムファンの札幌市民は結構(自分の周りだけど)怒っています(`´)

本当に出て行くとは思っていなかったんだろうか?
信じられない‼
市長選結果で「支持票が減ったと嘆いていた」投票数は、日ハム移転反対の数と同率かも…

赤字分は税金から⁈
「ふざけるんじゃないわょ‼」と言う気分(^^;

それでも今が一番。ありがとう。
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賢かった犬「しろ」

2019-06-13 10:07:08 | 愛犬
以前に公開した「愛犬の思い出、サモエド」とは別の、自分が子供のころにいた白い犬の思い出。
1月10日のブログを少し書き直して再び…

実家にはいつも犬がいた。
大人になるまでにいたのは、記憶の中では通算5匹。
昔は、今とは違い人間のご飯の余り物の「残飯」が常食というのが普通だった。
そのため寿命が短くせいぜい5~6年といったところ。

5匹の中でも特に記憶にあるのは「しろ」という名前の犬。
北海道犬の雑種か、純粋な北海道犬だったのかは分からないが、とにかく賢い犬だった。

小学校低学年頃、4キロの道を基本徒歩で通学していた時代だったが、たまに帰りだけバスの事があった。
そのバスでの帰り、バス停を降りるといつも「しろ」が待っていてくれた。
我が家からは200メートル位の距離にあった。

当時は放し飼いが普通で、自由に駆け回っていた。
犬にとっても良い環境だった。

その時間にいつもバス停にいたのか、バスに乗っているのが超能力でわかったのかはわからない。
バスから降りるとちょこんと座って待っていた。
私と弟を見ると、ちぎれんばかりに尾っぽを振って、2人と1匹で走ってバス停から我が家まで喜びながら帰った事が本当に懐かしく思い出される。

放し飼いと言う自由と裏腹に危険も伴い、ある日突然旅立ってしまった。

ある大雨の日、家族がみんなで寝ている部屋の窓の下で亡くなっていた。
親の話から、毒の餌を食べたらしい。前の日まで元気だったのは確かだ。

必死で家族のいる窓まで来たかも知れない姿を想像すると健気で今の方が泣ける。
何歳で何年いたのかの記憶もハッキリしないが…。

子供の頃と今では悲しさの感じ方が全然違う。

何十年も前の事なのに今でも「しろ」の事は鮮明に思い出に残っている。
写真が1枚あったはずなので探したが見つからなかった。残念😢

他の4匹の犬たちの名前と色は覚えているが記憶は薄い。ゴメン!
そして現在我が家には、共に12歳のチワワとポメラニアンがいる。
ほとんど病気もしないで元気にいてくれるのが何よりだ。

今が一番。ありがとう。
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鼓童ライブ

2019-06-10 12:02:18 | 日記


絵と文は関連がありません。
パース(完成予想図)作成の仕事をしていた時のものです。
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太鼓芸能集団 鼓童の
鼓童 ワン・アース・ツアー2019「道」と言うライブを見てきた。
素晴らしい!」の一言に尽きる。
力強さ、勇壮、自然、大和魂 を感じた。
そして、かっこいい! 
一切の無駄を省いた舞台は異空間。
努力や練習だけではどうにもならない、天性のリズム感を持って産まれたんだろうな…
エネルギーをいただき、感動をいただき、幸せをいただいて来た。

創設者は凄いですね。何か閃きや天命が下るのだろうか。
そして、その理念や魂を受け継ぎ未来につなげている現在のメンバーの方の
修行のような暮らしがまた凄い。
日本の新しい文化が、こうして伝統になっていくんだなと言う過程を感じた。

今が一番。感動をありがとう。
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