自分を守るとは善行為すること 自殺は重罪なのか? 二つの自己責任とは?|ブッダの智慧で答えます(一問一答) - YouTube
唯一絶対神宗教は、
自殺は殺人であり、
神に対する冒涜で
決して許されないと言う。
これは言い過ぎだとおもう。
反対に、
自殺できることは、人間の尊厳の証明だ
という人がいる。
これも酷い過言だ。
おのれのポンツクに気づかないばかりか、
おのれのポンツクに気づかないばかりか、
さらにポンツク自慢するとはね。
自分をOSだと頭から決め付けてるくせに、
自分で自分を簡単にアンインストールできる矛盾に気づけよ。
それは、
それは、
おまえがちっぽけなアプリに過ぎない事実を証明してるんだよ。
この事実があるから、
ブッダが模範的にやって見せたように、
OSのバグを修正し尽くして、
ついには無我の悟りも可能になる。
[注]OSのバグ…ブッダはこのバグを貪・瞋・癡と言った。
さて、
仏教は、どっちの過言も認めない。
自殺は大損する愚行
だから止めたほうがいい
と適切に言う。
なぜなら、
自殺者の心は怒りに満ちている。
怒って死ねは、必ず悪所に行くからだ。
これは想像できないほどの大損だ。
寿命を全うして眠るように死ぬのを
大往生というのは、当たってる。
怒ることなく苦しまずに死ぬので、
善所に行くからだ。
こういうわけで、
怒らずに死ぬのが肝心だが、
さあいよいよ死ぬ
という時になって
付け焼刃ではできない。
普段から
いつ死んでもいい
マインドを養って
初めてできることだ。