佐々木閑 仏教講義 7「阿含経の教え 3,その29」(「仏教哲学の世界観」第10シリーズ - YouTube
〔感想〕
有能な人間は、例外なく、
三昧 を会得してる。
三昧とは高度な精神集中のことだ。
まずこれを会得してる人が
めったにいない。
しかも、
三昧は単なるスキルで、
善にも悪にも使える。
三昧を手にした有能者の多くは、
善用の道を知らないために、
好き勝手に乱用し、
たわいもなく悪に落ち、
かえって身を亡ぼす原因にさえする。
ブッダの推奨する「死の観察」は、
最も効率の良い精神集中法だが、
単にそれだけでなく、
悪用への強力な抑止力を兼ね備えてる。
四聖諦の最初であり要ともいえる苦諦も
突き詰めれば、この「死の観察」だ。
自分の死をしっかりイメージした瞬間、
この実感によって生じる特別なエネルギーが、
サティの持続を可能にし、
人は初めて
真に集中して修行できるからだ。
これ以外の方法では、あなたは
アーナーパーナサティも
ヴィパッサナーも
3分と続けられないからだ。
しかし、
世の大多数の人々は、
苦諦を蛇蝎の如く嫌ってる。
まして「死の観察」などは。
それを証するように現代社会では、
死は能う限り周到に隠されてる。
そのため彼らは、
善にして高度な集中力である
真の三昧スキル
をえらく欲しがってるくせに、
実際のところは、自分の意志で、
それを自分から遠ざけてるのだ。
(真実を無理に押し付けても、グレるだけなので、自身で気づくまでは、ブッダといえども、見守るしかない)
佐々木閑 仏教講義 7「阿含経の教え 3,その31」(「仏教哲学の世界観」第10シリーズ) - YouTube
サティ
「瞬間の現在(今・ここ)」に気づくこと。
ヴィパッサナー実践
「瞬間の現在」に気づき続けること。
(My Favorite Songs)