「利汰右衛門さん! あなたしか他にいないんです!」
山奥にひっそりと建てられた明らかに雑に作った木造小屋に、若い町娘が息を切らして入り込んできた。
「拙者には何も出来ぬ。出来たら数年前——」
「そんなことを責めても、町が大変なんです!」
町娘は大事そうに抱えていた一本の刀を目の前に差し出すが、思わず目をそらした。
「拙者はもう……」
すると町娘は刀を押しつけ立ち去ろうとしたが、小屋の出口前で立ち止まった。
「そんなことだから、ダメなのよ!」
手渡された刀を見つめて思い返した、数年前のことを。
「……確かにあなた様の父上には、大変世話になった」
「じゃあ、やってくれるのよね」
強気な町娘は、答えを一つにさせようと他ならなかった。
師匠が王室直属騎士団の一員として健在だった頃は、ならず者はいたが圧倒的な強さを誇り秩序は一定に守られていた。
それも数年前までだった。師匠が打ち勝つことが出来ない敵が現れてしまったのだ。
「利汰、すみまねぇ」
「いえ、構いません」
重い心臓病を患い、現役だったころの勢いは消し去り、弱々しく受け応える師匠を看病していた。
「町が心配じゃ。うちがこねぇな状態でなけりゃぁ、見ることが出来たが」
「兄さんたちもおられますし、心配することはありません」
「そうか、頼む」
だったらいいのだが……。
師匠が病床に付いてからは、兄弟子二人の力比べが一層激化した。このまま師匠が回復の見込みがなければ、騎士団から外されることは容易に想定できる。代わりに誰かが意志を継いでも、候補に入ることから始めなくてはならない。仲良くやってくれたらいいが、いずれはどちらかに絞られることになるので、この争いが絶えなかった。
「どっちが候補に相応しいか、決闘しようじゃないか!」
「望むところだ!」
「二人とも止めて下さい」
「利汰は黙ってみていろ! これは男の決闘だ!」
兄弟子二人の動きは師匠を彷彿させる素晴らしく、自分が止められるレベルではなかった。力が対抗しており、決着はつくことがなく、開始直後に真上を指していた日はとうとう暮れてしまった。
「もう引き分けでいいじゃないですか」
「とりあえず、勝負は持ち越しにするか」
二人は疲れ果ててその場に倒れ込んだ。結果はどうあれひとまず収まった。ただ、町の方が騒がしくなり、様子を見に行った。
「山賊が出たんだ! それも大人数で乗り込んできたんだ!」
町人の一人が血相を変えて駆け寄ってきたが、その話に呆然となった。
「ウソだろ……。兄さんたちは動けないし……」
隠れ家にしていた小屋を無理やり町娘に連れ出され、落ち葉で敷き詰められた山を駆け下りていった。
「しかし、拙者は辞めた身。出来るかどうか……」
「あなたは父の弟子でしょ! 私はあなたを信じるしかないの!」
「兄弟子二人を見捨て、師匠の最期を看取ることもしなかったのに……」
大勢の山賊が乗り込んできたあの時、怖くなり疲れ果てた二人を置き去りにして、そのまま山奥に逃げ、それ以来引きこもっていた。
「その結果がこれ。罪悪感があるなら、責任とってね」
町は山賊たちが占拠し、町人たちは別の所に引っ越したが、そこさえ嗅ぎつけられ襲われ、このあたり一帯は荒れ果てていた。
「しかし、拙者は皆を裏切って……。もう許されまい」
かつては活気に溢れていた町人には生気すら感じず、廃墟同然の町屋を目の当たりにしていた。消極的な考えにもならざるを得なかった。
「それは、山賊を懲らしめてから言うことでしょ」
相変わらず強気な町娘は、ひとつの家屋へと案内する。
「利汰右衛門さん! あなたが来るのを待ち侘びていました」
「ここは?」
「自衛団……ってところね。でも、山賊に勝てるだけの力は無い」
声をかけてきたのは一人だけで、あとは大怪我を負った数名が薄暗い奥の部屋で寝込んでいた。ひどい有様で、目を覆いたくもなる。
「もう、抵抗する戦力すら無い状態です」
「しかし、拙者一人の力では……」
「これだけ見て、今更逃げようなんて無理だからね」
「お願いです。山賊共と太刀打ち出来るのは、王室直属騎士団かそれに近い者……」
助けてやりたいが、恐怖心が前方を塞いでいた。
「拙者には、皆が思うような期待には添うことは出来ぬ」
「では、なぜあなたは父の刀を手放さず、握りしめているのですか?」
「なんだ。数年前、逃げたひよっこじゃねえか」
「何のことか。山賊共め」
「また、逃げたくなったらいつでもいいぜ!」
山賊たちがいる町中にやってきたが、すぐに山賊たちの嘲笑で取り囲まれた。その方がいい。油断しきっている。
「頭はおるかー! 拙者と勝負せー」
数年前と同じ大男が出てきて、同じく右手には金棒を携えていた。あの頃と何も代わり映えが無かった。
「師匠。必ずあなたを超えて見せます」
天に向かって叫び、そして大男に向けて刀を振りかざした。
≪ 第6話-[目次]-第8話 ≫
------------------------------
↓今後の展開に期待を込めて!
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山奥にひっそりと建てられた明らかに雑に作った木造小屋に、若い町娘が息を切らして入り込んできた。
「拙者には何も出来ぬ。出来たら数年前——」
「そんなことを責めても、町が大変なんです!」
町娘は大事そうに抱えていた一本の刀を目の前に差し出すが、思わず目をそらした。
「拙者はもう……」
すると町娘は刀を押しつけ立ち去ろうとしたが、小屋の出口前で立ち止まった。
「そんなことだから、ダメなのよ!」
手渡された刀を見つめて思い返した、数年前のことを。
「……確かにあなた様の父上には、大変世話になった」
「じゃあ、やってくれるのよね」
強気な町娘は、答えを一つにさせようと他ならなかった。
師匠が王室直属騎士団の一員として健在だった頃は、ならず者はいたが圧倒的な強さを誇り秩序は一定に守られていた。
それも数年前までだった。師匠が打ち勝つことが出来ない敵が現れてしまったのだ。
「利汰、すみまねぇ」
「いえ、構いません」
重い心臓病を患い、現役だったころの勢いは消し去り、弱々しく受け応える師匠を看病していた。
「町が心配じゃ。うちがこねぇな状態でなけりゃぁ、見ることが出来たが」
「兄さんたちもおられますし、心配することはありません」
「そうか、頼む」
だったらいいのだが……。
師匠が病床に付いてからは、兄弟子二人の力比べが一層激化した。このまま師匠が回復の見込みがなければ、騎士団から外されることは容易に想定できる。代わりに誰かが意志を継いでも、候補に入ることから始めなくてはならない。仲良くやってくれたらいいが、いずれはどちらかに絞られることになるので、この争いが絶えなかった。
「どっちが候補に相応しいか、決闘しようじゃないか!」
「望むところだ!」
「二人とも止めて下さい」
「利汰は黙ってみていろ! これは男の決闘だ!」
兄弟子二人の動きは師匠を彷彿させる素晴らしく、自分が止められるレベルではなかった。力が対抗しており、決着はつくことがなく、開始直後に真上を指していた日はとうとう暮れてしまった。
「もう引き分けでいいじゃないですか」
「とりあえず、勝負は持ち越しにするか」
二人は疲れ果ててその場に倒れ込んだ。結果はどうあれひとまず収まった。ただ、町の方が騒がしくなり、様子を見に行った。
「山賊が出たんだ! それも大人数で乗り込んできたんだ!」
町人の一人が血相を変えて駆け寄ってきたが、その話に呆然となった。
「ウソだろ……。兄さんたちは動けないし……」
隠れ家にしていた小屋を無理やり町娘に連れ出され、落ち葉で敷き詰められた山を駆け下りていった。
「しかし、拙者は辞めた身。出来るかどうか……」
「あなたは父の弟子でしょ! 私はあなたを信じるしかないの!」
「兄弟子二人を見捨て、師匠の最期を看取ることもしなかったのに……」
大勢の山賊が乗り込んできたあの時、怖くなり疲れ果てた二人を置き去りにして、そのまま山奥に逃げ、それ以来引きこもっていた。
「その結果がこれ。罪悪感があるなら、責任とってね」
町は山賊たちが占拠し、町人たちは別の所に引っ越したが、そこさえ嗅ぎつけられ襲われ、このあたり一帯は荒れ果てていた。
「しかし、拙者は皆を裏切って……。もう許されまい」
かつては活気に溢れていた町人には生気すら感じず、廃墟同然の町屋を目の当たりにしていた。消極的な考えにもならざるを得なかった。
「それは、山賊を懲らしめてから言うことでしょ」
相変わらず強気な町娘は、ひとつの家屋へと案内する。
「利汰右衛門さん! あなたが来るのを待ち侘びていました」
「ここは?」
「自衛団……ってところね。でも、山賊に勝てるだけの力は無い」
声をかけてきたのは一人だけで、あとは大怪我を負った数名が薄暗い奥の部屋で寝込んでいた。ひどい有様で、目を覆いたくもなる。
「もう、抵抗する戦力すら無い状態です」
「しかし、拙者一人の力では……」
「これだけ見て、今更逃げようなんて無理だからね」
「お願いです。山賊共と太刀打ち出来るのは、王室直属騎士団かそれに近い者……」
助けてやりたいが、恐怖心が前方を塞いでいた。
「拙者には、皆が思うような期待には添うことは出来ぬ」
「では、なぜあなたは父の刀を手放さず、握りしめているのですか?」
「なんだ。数年前、逃げたひよっこじゃねえか」
「何のことか。山賊共め」
「また、逃げたくなったらいつでもいいぜ!」
山賊たちがいる町中にやってきたが、すぐに山賊たちの嘲笑で取り囲まれた。その方がいい。油断しきっている。
「頭はおるかー! 拙者と勝負せー」
数年前と同じ大男が出てきて、同じく右手には金棒を携えていた。あの頃と何も代わり映えが無かった。
「師匠。必ずあなたを超えて見せます」
天に向かって叫び、そして大男に向けて刀を振りかざした。
≪ 第6話-[目次]-第8話 ≫
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↓今後の展開に期待を込めて!
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