Kitten Heart BLOG -Yunaとザスパと時々放浪-

『きとぅん・はーと』でも、小説を公開している創作ファンタジー小説や、普段の日常などの話を書いているザスパサポーターです。

【小説】腹黒桃子の部活動 -初めての夏休み-

2016年02月14日 12時32分40秒 | 小説(読み切り)
 高校生活最初の夏休み。こんなに楽しいものはないだろうと、他の奴らは海だの言って遊ぶのだろうが、運動部の僕らにはそんな余裕は与えてくれない。
 朝六時には学校に集合。ここぞと言わんばかりに、学校周りを通常の倍を走らせる。
「このはー! 置いてくよ!」
 部内一番の小柄で、よくいえばマイペースの小葉。部長の言葉もむなしく、いつも通り集団から後れていく。
 更には校舎脇に設置された非常階段を猛ダッシュで上り下りをするなど、ハードなメニューが続き、地獄としか思えない荒行の数々。
 いつも元気な桃子は一言も発しなく、体育館の小陰でうずくまっていた。小葉は汗なのか涙なのかわからないほど、顔から水が滴っていた。当のオレは頭に酸素がまわっていないのかぼんやりしていた。



 朝十時には解放されて、二年生は校内の夏期講習に出ると別れていった。ここで帰っても良かったのだが、残った一年生組は部室経由でクーラーの効いた図書室に逃げ込んだ。
「これって、毎日なの……」
「八月上旬の大会前まで……って話だよ」
 みんな朝ごはんを食べずに来て、ようやくありつけるのだが、小葉はなかなか目の前のおにぎりに手をつけない。天然茶色のショートヘアも汗がすっかり乾いて、女の子っぽい香りがする。
「廃部寸前の部だから、それなりの成績は残したいんだろうね」
 そう。一年生がこの三人、二年生が二人の計五人しかいない極小運動部。
「でも、ヨシトくん。がんばろうね!」
 小葉の透き通った美白の笑顔には、癒やされる。
「そうだね」
 一方の桃子は充電中で、腕を枕代わりに顔を隠し、ピクリとも動かずにいた。
「すっかり、寝ていますな……」
「いつものように、部長にしごかれましたからね……」
 部長にいつものように反逆しては怒られ、無駄に体力を使った結果だ。しかし、頭だけ机の上に出ていて、その黒いロングヘアが腕も見えなくしているので、別の生き物にも見えて怖い。
「先に宿題を片付けようかな……」
「小葉さんって、どこから手をつける?」
「早く片付けられそうな、数学からやろうかな……」
 そういえば、小葉は理系教科が得意だったな。
「オレは地理からやろう」
 英語以外だったら、なんとかなりそうだし。
「どおなっふ、ふぁ?」
 起きたかと思ったら、寝ぼけて何かの言葉を発した。
「……なんだ。夢か」
「なんの夢だよ!」
「ドーナッツ。食べ損ねた……」
 桃子の主食の夢か……。夕飯を食べずに、そればっかり好んで食べている。本人曰く、しっかり栄養は取っているとのこと。
「ナツが終わる……」
 ため息交じりに桃子が吐いた。
「まだ、ドーナッツの話?」
「『夏』が終わるって言ったの! そんなに私は食い意地張っていない!」
「そお?」
「でも、このままだと部活で終わりそうですよね……」
「そうだよ! 青春の汗を流そうよ!」
「部活の汗は違うのか……」
「この後、どっかに行かない?」
 見事にスルーされた。そこで通学用に使っているリュックから紙切れを出してみた。
「ドーナッツの割引券があるけど、行く?」
「行きます!」
「じゃあ、これは食い意地の張っている桃子さんに差し上げます」
「べ、別に……。ドーナッツなんて、いらないもん」
「じゃあ、右手から離せ!」
 取り返そうとするが拒絶され、なかなか手放さないので、そのままあげることにした。
「ヨシトくんが、どうしても……っていうなら貰ってあげる」
 素直に欲しいって言えばいいのに……。



 勉強会もそこそこに終わりにして、午後から遊びに行くことにした。この学校のほとんどの生徒が自転車通学で、この三人組も多数派に属していた。
 今日は風も強くなくて、最適なサイクリングだ。ただ、夏の強い日差しは健在だった。にじみ出てくる汗を吹き飛ばすかのように漕いで、爽やかな風と併走していった。
 夏休み中、部活のみであろうとも制服での登校というルールがあり、そのまま制服で街まで来た。お昼でも食べようとファミレスに入ることにした。
「どれにしよっかな?」
 楽しそうに、桃子がメニュー表をめくり漁っていた。
「わたし、パスタにしよう」
「じゃあ、オレはハンバーグ」
「ちょっと。二人とも、決めるの早いよ!」
 迷い悩みそうな小葉は意外にもすぐに決め、オレはなんとなくこれにした。依然とメニュー表と格闘を続けていたが、二人の決断を見てページをめくるのが早くなった。
「じゃ、じゃあ。私はオムライス」
「珍しく、桃子さんがライスを食べる……」
「パンケーキもありますよ」
「私だって、ご飯も食べるよ! 何回も見ているでしょ!」
「そうだっけ?」
「一緒に作ったことだってあるでしょ!」
 この前の部活で、泊まりだった時のことか。そういえば、そうだったな。



「じゃあ、私。ドリンク持ってきてあげる。なにがいい?」
 桃子が席から立ち上がると、気を利かせて聞いてきた。
「いいんですか?」
「いいよ。小葉は?」
「わたし、アイスティーがいい」
「オレ、コーラ」
「ご注文は私ですか?」
「なに考えている」
「うそ、うそ。甲羅ね、甲羅」
「コーラだって!」
 ああやって、ボケてくるから怖い。
 分かったのか、どうなのか。桃子はちょっと離れたところにある、ドリンクバーに向かった。
「甲羅なんて飲めるか……」
「スッポンでも飲ませるつもりなんですかね」
 小葉の一言に思わず吹き出した。それにつられて小葉も笑ってくれた。
「この前、遅くまで天文観察に付き合ってくれて、ありがとうね」
「ああ……あれね。別に構わないよ」
 泊まりだったあの夜、一人眠れない小葉が外にいるのをたまたま見つけ、しばらく付き合ってあげた。小葉は天文好きだが、観察と言っても空を眺めて天文とは無関係の会話が続いた。
「もし……次の合宿。眠れなかったら、一緒にいてくれる?」
「もちろんですとも!」
 こんなにかわいい小葉の誘いを断るわけがない。
「随分と楽しそうね!」
 オレのだけ、叩きつけるようにガラスコップを置いた。あまりこぼれていないから、そこに優しさだけは感じた。
「天文観察の話。よかったら一緒にどう?」
 それじゃ、小葉と二人っきりにならないじゃないか。
「私、そうやってじっとしているのは、ちょっと……」
 そうだ。断れ。
「でも、三人だったらいいかもね」
 オレの顔をちらっと見るなり切り返してきた。でも、まだいいか。
「……苦っ」
 あいつ。コーラにブラックコーヒーを混ぜやがった。



「次、どこに行こうか?」
 会話も弾み、昼飯もそこそこ食べ終えて、桃子が言い出した。特にプランがあったわけじゃなく、しばらく沈黙が続いた。
「ボーリングとかは? 近くにあるよ」
「朝、死ぬほど運動したのに?」
「わたし、ボーリングってやったことがないな……」
「そうだったの?」
 恥ずかしそうに小葉がうなずいた。
「だったら、教えてあげようか?」
「やっぱり、ボーリングはヤダ!」
 自分で言いだしたのに、却下になってしまった。
「オレ一人だったら、ゲーセンに行くけど……」
「さすが、ゲーマー」
 桃子の冷たい目線が突き刺さる。
「でも、そういうところもいいかもね」
「小葉って、ゲーセンなんて行くの?」
「中学の時、友達とプリントシール機をよくやってましたけどね」
 ああ、写真をその場で撮って、シールにしてくれるやつか……。



 立ち寄ったファミレスから、ほど近くのゲーセンに場所を移した。ここはカラオケや映画館といったアミューズメント施設になっており、夏休み中のこともあって賑わっていた。
「ヨシトくんって、いつもゲーセンでなにやっているの?」
「だいたい、格ゲーだな」
「クレーンゲームは?」
「たまにやる程度」
「じゃあ、あれ取って!」
 桃子が指したのは、実物より明らかに大きいシマリスのぬいぐるみだった。あまり自信がなく、その表情を桃子に読み取られてしまった。
「……いいよ。自分で取るよ」
 小銭を右手に握りしめて、勇ましく狩りへと出かけたが、あえなく逃げられてしまった。
「しょうがないな……」
 オレもやってみたが、二人で合計千円をシマリスに食いつぶされてしまった。
「これは?」
 小葉が見つめていたのは、これの卵一個分で料理を作ったら何人前になるのか、それくらい大きいヒヨコのぬいぐるみだった。
「一回だけな」
 どうせ取れないだろうと気軽に捕獲に乗り出した。大人になっても飛べないせいか、あっさり捕まってくれた。
「わぁー。かわいい……!」
 家に持ち帰っても邪魔だから、そのまま小葉にあげることにした。



「ここは衣装を貸してくれるんですね……」
 小葉がプリントシール機コーナーの入り口付近に飾ってある衣装が気になっていた。手に取ってみたいが、ヒヨコが邪魔をして思うように触れていなかった。
「ねえ、ねえ、ヨシトくん。女子高生の衣装があるよ!」
「女子高生が、女子高生のコスするなよ」
 しかも、学校ご指定の制服を着ているし。
「ううん。ヨシトくんが――」
「するわけないだろう!」
「やったら、面白いのに!」
 なんか怒ってませんか……?
「でも、ヨシトくんだったら、かわいいかも」
「え? そうかな……?」
 小葉が言うと、そんなような気がする。
「そうなの?」
「知らない!」
 自分で言いだしたことなのに……。
 レンタル料がかかるので、シマリスのせいで衣装は諦めた。左に小葉、右に桃子に挟まれる形で、何枚か撮りまわった。
「ヨシトくんも、貼ってよ」
 楽しそうな小葉に勧められて、三人一緒に映ったシールをスマフォの背面に貼らされた。
「次、どうするの?」
 小葉とは対照的に、ややご機嫌斜めな桃子。
「ごめん。オレ、ちょっと行ってくる。二人で楽しんでいて」
 腹を押さえるジェスチャーをしながら、二人から離れていった。しかし、洗面所には向かわず、ある場所にやってきた。
「今月。小遣い、足りるかな……?」
 オレはたったひとつの敵と、しばらく格闘した。



 戻ってくると、桃子一人でベンチに座っていた。
「あれ。小葉さんは?」
「会わなかったの?」
 ああ、小葉は本当に行ったのか。
 肩にかけていた大きな白いビニール袋から、中身を取り出して桃子に渡した。
「これ。欲しかったんだろ。あげるよ」
 なにも言わずに、桃子は奪い取るようにしてあのシマリスを抱きかかえた。そして、しばらく黙った。
「ヨシトくんのケータイって、どういうのだっけ? 見せて!」
 ポケットからスマフォを出すと、背面に何かを貼られてしまった。
「それ。剥がしたら、校庭の真ん中に埋めるからね!」
「いいよ。ずっと貼っておく」
 三人で映っているシールの下に、桃子だけ映ったシールが貼られてしまった。


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