Aさんは、生活保護の不正受給を問題にする報道や「働けるのに働かずにパチンコへ行く生活保護の人」と言うSNSへの書き込みを見る度に、調子を崩し、引き籠りがちになった。当然、作業所の工賃は安定しない。Aさんの住む1Kのアパートの同じ階には、他に5世帯が住んで居る。年金生活の単身高齢者のBさん(女性)とCさん(男性)、幼児を抱えたシングルマザーのDさん、「生活保護は羨ましいかも」と時々思う若いワーキングプアの男性Eさん、と言う構成だ。

ある朝、目覚めたAさんは、昨晩のテレビ番組で紹介された、「どう見ても五体満足で働けるのに、働いて居ない生活保護の男性が居る」と言う視聴者の声を思い起こして、どうしても布団から出られずに居た。最悪なのは、他の出演者が「本当にそうですよ、働いて居ないのに医療も無料で受けられるし。年金暮らしで医療費が儘ならない方が沢山入るのに・・・。」と同意した事だ。その「五体満足で働ける生活保護の男性」は、もしかするとAさん自身の事かも知れないではないか。

司会者は曖昧な笑みを浮かべ、明確な「ノー」を言わなかった。そして手元のスマホの中では、ツイッターに「生活保護受給者は許せない!!」と言う同意ツイートがあふれた。Aさんはテレビの電源を切り、スマホをロックし、睡眠薬を飲み、なんとか眠りに付いたのだった。なんとも心地よくない寝覚めではあるが、Aさんは顔を洗い、歯を磨き、衣服を着て靴を履いた。そのとき、ドアの向こう側から単身高齢者Bさんと誰かの会話が聞こえた。

Bさんは、会社に勤めて居た夫をパート主婦として支えて来た女性だった。夫が病に倒れた為、保有して居た住まいを売却して療養資金と夫の葬儀費用に充て、夫亡き後はこのアパートで単身生活をして居る。受け取って居る老齢厚生年金は、生活保護基準より少し高い金額だが、医療費の自費負担などを支払うと生活保護以下の暮らししか出来ない。

Bさんは、通りがかったCさんを相手に、昨晩のテレビ番組の内容を語りながら、「生活保護の人たちってズルいわよ!!」と言った。Cさんは「そうだよねえ。額に汗水垂らして働いて来たのがバカらしくなるよ」と相槌を打った。Aさんは音を立てない様に、靴を脱ぎ、布団をかぶり、ドアの外から聞こえる会話に耳をふさいだ。昨晩のテレビ番組の内容を語りながら「生活保護の人たちってズルい」と言うBさんが話しかけた相手は、子どもと保育園に向かおうとするシングルマザーのDさんだった。Dさんは、「そうなんですか? うちは今の処。生活保護は使って居ませんけど、子どもに少しでも良いものを食べさせて、小学校に入る時にランドセルや学用品を買い揃えてやる為には、生活保護も考えた方がいいだろうと思って居るんです。だって、皆んなの権利を守るための制度ですから。それに私が歳を取った時、Bさんの様に年金を貰う事は出来ないんですよ?」とにこやかに答えた。

しかし二人はこう言った。「あなたも、そんな甘い考え方をして居るの?生活保護費、貰って居る人は贅沢して居るから、、」

その話を聞いたAさんは、心が不安定になり。その日は1日調子が悪かった。そして月の始めの保護費受給の日がやって来た。Aさんは落ち着かない。何故なら。保護費を渡される時に職員から皮肉を言われるからだ。「まあねぇ、よくも毎回恥ずかしくも無くきちんと貰いにくるねぇ」Aさんは済まなさそうに頭を下げてお金を貰うのだ。そして、ある日の夜。お金が入ったバックを持って歩いて居たら。遊び人風の若者が絡んで来た。

「おじさ〜ん。何、カバン大事そうに持って居るの?ちょっと見せてよ。」Aさんは身構えた。するとその若い二人ずれは顔を見よわせて、こう言った。「ジジイ!カバン寄越しな!!」そしてカバンを奪うと中を開けて封筒を取り出して中身を見て笑って言った。14万7千円かよ、しけてるなぁ(笑)」Aさんは困ったが。どうしようも出来無い。すると二人は、「まっ!いいか。これで!!」そして続けて言った。「俺らさ。あんたをフクロにしようと思っても居たけど、抵抗しねえしな。フクロにするのだけは勘弁してやるよ。金どうもなぁ〜!!」そう言うと暗闇の雑踏の中に消えて行った。

Aさんは困った。また持病の体が悪くなって来た。彼は警察に被害届を届けたが、はっきり言って警察は受理はしたが、何もする様子は無かった。だからAさんは生活保護課に行って事情を説明した。しかし、幾ら説明しても代わりのお金はもう出なかった。彼は此れでは生活が出来ない。そしてアパートで、暫く考え込んで居たが。彼は台所に行って包丁を取り出した。そして一言。「私の人生なんてこんなものだ....。」と言って勢いよく喉を突いた。鮮血が飛び散って床を濡らした。彼は絶命した。翌日、警官がアパートのAさんの部屋に来て鑑識と捜査をして居た。若い刑事が言った。「この人。生活保護受けてたんですね」するとベテランの刑事が言った「何だ害者に同情か?いちいち同情して居たら、身が持たんぞ。」そう言ってこうも言った。「この人は働いても居たんだろうに?」若い刑事が言った。「先輩。生活保護者が働くと言っても。認められるのは月に1万5千円ぐらいですよ」そう言った。そして「特に、この人、精神障害があったんでしょう...。確か精神障害者の作業所の仕事って1日働いても2百円ぐらいにしか成らないそうですよ?」とそう続けて言った。その話を聞いた先輩の刑事は「随分と侘しいなぁ...」と呟いた。若い刑事は顔を左右に振ると遺体に黙礼をした・・・・・。(終)

 

今回は以上でした。。皆さん、生活の危機感を持って暮らしましょう。また更新出来たらお逢いしましょう。