時の流れの中で

生活の中で見たこと、聞いたこと、考えたことなどを、思いつくままに、文や写真や絵などでつづっていきます。

庭の彼岸花がさきました

2006年09月25日 | その他
彼岸花がさきました。

「今年は、何本咲くかな。」と、お彼岸の時期になると期待していました。

今年は12本と少し離れたところに2本咲きました。

近所の家の庭には、赤と白の彼岸花が咲いていました。白い彼岸花もきれいだな、と思いました。

買い物をして、帰る途中の道路沿いの植え込みの間に、赤と白の彼岸花が咲いていました。今まであまり気にしていなかったので、気が付かなかったのかもしれません。

若い時は、都会の中の小さな自然の草花には、あまり関心がなかったのですが、この頃、何故か、目が行くのです。年を取ったせいなのでしょうか。それとも、趣味が変わったせいでしょうか。



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1 コメント

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人間も自然の中の一点 (tieko)
2006-10-09 18:23:23
趣味がかわったのかしら?年をとったのかしら?⇒両方とも言えるし、、、自然に帰りつつあると思いませんか。若いということは、一つの興味に没頭して、他を顧みない・見られない時期。でも年と共に鋭敏で、繊細で多く見られるようになるのではありませんか。心も広く、柔軟になって、受け入れられるようになる。周りの自然と一体化しようと体が馴染んでくるようです。

 だから、年をとるのは楽しみです。

 彼岸花に寄せる人間さまのさまざまな思いはおいて、何と見事な花をさかせてるのでしょうね。じっと見てると自然の造花に感動します。そして、その生命力、蕾をとって水に挿しておくと、必ず満開になります。途中で枯れません。そして、その一生も、花は今の時期見事に咲いて終わると消えて、冬に緑の(正確に言うと縞もようの)葉を茂らせているのです。仲間のピンクの夏水仙も同様ですが、ちょっと大きい。こちらは、女王さまの風情で、群生しません。彼岸花の方が群れて秋を見事に飾ってくれますね。

 一つ一つの花も歴史をたどって見事に生き抜いてきたのだなあと感じますね。比較しないで、よく見ると、この植物達からも智慧をもらうようで、感謝とともに、自分に繋がる命の連鎖に敬服しますね。人間も一人一人が大事な命を受け継いで、よく見ると豊かな才能を宿しているのに、花咲かせないで散らすのを見ると悲しいです。

 我が家も彼岸花の好きだった義母の思い出に植わっていますが、よく増えて頼もしいです。花々に負けないで、人生の花を小さなことからまだまだ咲かせていかなくっちゃ・・・ね!?
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