同じ譬え(たとえ)は、吉川英治・著『宮本武蔵』の中で、武蔵と吉野太夫との会話でも使われています。三十三間堂で吉岡一門の総領との決闘に勝ち、本阿弥光悦の接待の座敷に戻ってきた武蔵が、その夜、吉野太夫に諭される有名なシーンです。
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「もし、武蔵さま」
「なんですか」
「あなたはそうやって、誰に備えているのですか」
「誰にではない、自身の油断を誡めている」
「敵には」
「元よりのこと」
「それでは、もしここへ、吉岡様の門人衆が、大勢して、どっと襲よせて来た時には、あなたは立ちどころに、斬られてしまうに違いない。わたくしにはそう思えてなりませぬ。なんというお気の毒なお方であろ」
… 「なに」
武蔵は、土間から脚を上げて、彼女の坐っている炉前にぴたと坐り直した。
「吉野どの、この武蔵を未熟者だと笑うたな」
「お怒りなされましたか」
「いうた者が女だ。怒りもせぬが、拙者の所作が、今にも斬られる人間に見えてならぬとはどういうわけか」
……
「それほどお訊ねならば、申してみましょう。武蔵さま、あなたは先刻、吉野が皆様へのお慰みに弾いた琵琶の音を聴いておいで遊ばしましたか?」
「琵琶を。あれと拙者の身と、なんの関わりがある」
「お訊ねしたのが愚かでした。終始何ものかへ、張りつめていたあなたのお耳には、あの一曲のうちに奏でられたこまやかな音のいろいろも、恐らくお聴き分けはなかったかも知れませぬ」
「いや、聴いていた。それほど、うつつにはおらぬ」
「では、あの――大絃、中絃、清絃、遊絃のわずか四つしかない絃から、どうしてあのように強い調子や、緩やかな調子や、種々さまざまな音色が、自由自在に鳴り出るのでしょうか。そこまでお聴き分けなさいましたか……
…胴の裡には、こうした横木の弛みとしまりとが、程よく加減されてあるのを見て、わたくしは或る時、これを人の日常として、しみじみ、思い当ったことがあったのでございまする。……そのことを、ふと、今宵のあなたの身の上に寄せて考え合わせてみると……ああ、これは危ういお人、張り緊まっているだけで、ゆるみといっては、微塵もない。……もしこういう琵琶があったとして、それへばちを当てるとしたら、音の自由とか変化はもとよりなく、無理に弾けば、きっといとは断れ、胴は裂けてしまうであろうに……、こうわたくしは、失礼ながらあなたのご様子を見て、密かにお案じ申していたわけなのでござりまする。」
《引用:吉川英治『宮本武蔵 風の巻』(青空文庫)より.一部漢字をひらがなに替えてあります》
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前置きが長くなりました。「心の琴線に触れる」という言い回しがあります。ここでも気持ちの揺れを琴の糸にたとえて、鳴る琴の糸に触れるように感動する気持ちを表します(怒りに触れるという意味は全くの誤り)。
これも前置きでした。
私どもは、この気持ちの張り具合を、弦楽器や管楽器が音を調節するのに用いるデジタルチューナーのように目で見て、耳で聞こえるようにできないか、真剣に検討してきました。最近、某大学の理科系学部である生命学科とプロジェクトを立ち上げ、いまの気持ちの張りがどの程度か
即座に音で表すデジタル機器を開発している途上です。
オーケストラの音合わせは、ト音記号の真ん中の「ラ」(A)の音、オーボエがその役割を負い、最初にその音を吹き、周りの楽器が徐々に合わせていきます。なぜ、ラ(A)の音なのか、この音の周波数は標準440Hzで、ちょうど真ん中で合わせやすい音ともいわれ、生まれてきた赤ちゃんの産声はこのラ(A)の音に近いともいわれます。
特許申請の都合上、どのようにそれを感知するかをすぐ明らかにすることはできませんが、
いまの自分の気持ちが、糸が張りすぎず緩みすぎずのちょうどよい状態であれば、センサーが感知してラの音を出します。気持ちが張りすぎていくと、それより高い音が鳴り、たるんだ状態だと低くなっていきます。
現在のような不安定な世情で、ワイドショーばかり見ていると、知らず知らず緊張状態が続き、センサーは高音で鳴り出します。こういうときには、むやみに人にメールをしたり、大事なことを考えたり、何かを決定したりすることを避けなくてはいけません。
落ち込んで鬱状態になれば、低音が鳴ります。テレビを消して、窓を開けて風を入れ、お湯を沸かし、ホッとできる時間を持ちましょう。
ただし、常にラの音が鳴るように気にし過ぎるのもよくありません。禅の修行で、無になろうとか執着しないようにすることに執着し出す、という逆の道をたどることが警戒されるように、心の動きは自然現象ととらえるべきです。
ドラマや小説に感動したり、ひとの悲しみに共感しても高い音がなります。
さて一番肝心の、使い勝手が果たしてよいのかどうかは、まだ試作品が出来上がってからのことになりますが、宮本武蔵と吉野太夫にまず届けたいという気持ちで、細かに工夫を重ねています。
人の心の糸の張り具合を、思わぬところで感知するこのシステム。
正式な発表までどうぞお楽しみに!!
【4月1日記】
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