ペブルの手編みおもちゃで「ママ&キッズ、笑顔を結ぼう!」プロジェクト
~南三陸町のお母さんたちへ応援メッセージを~
小さい子どもを持つ「バングラデシュのお母さんたち」が作った手編みのおもちゃを、
南三陸町で復興に頑張る「南三陸町のお母さんたち」とその子どもたちに送って、
バングラデシュからの応援メッセージとしたい!
と思い立ち、ペブルのおもちゃをプレゼントすることにしました。
2011年3月11日、東日本大震災の起こった日、
私たち家族はバングラデシュのダッカに滞在していました。
5歳の娘は肺炎で病院に入院していて、
病室のテレビでNHKの海外放送を見ていたので、
ほぼリアルタイムで津波の衝撃的な映像を見ました。
日本国内にいれば続々と入るニュースや、水不足、電池不足、停電など、
まさに肌で感じる大災害だったに違いありません。
けれども、震災当日もその後もずっとダッカ生活が続いていた私にとって、
東日本大震災は日本の外で間接的にしか関わっていない、
実体験ではないもの、になっています。
母国で起こった出来事に「痛みを感じない」訳がありません。
でも、その時そこにいなかったという1点で、
私は、震災のあった「日本」という国から来た、
「日本国外に住む」「日本人」という立場から震災を見ることになりました。
震災直後から周りのバングラデシュ人の多くから
「あなたの日本の家族は大丈夫なのか?」
「震災のニュースは本当に悲しい、でも日本人はきっと乗り越えられると思う。」
「日本の復興を応援している」
「日本はバングラデシュにとって大切な存在」
という励ましの言葉をもらいました。
知り合いでないバングラデシュ人も、私が日本人だとわかると、
とても心配してくれ、そして応援してくれました。
また周囲にいる外国人からも同様に励まされました。
子どもが通うインターナショナル・スクールでは、学校の玄関ホールに
「日本への応援メッセージ」を書くスペースが設けられ、
先生や生徒そして保護者を含めた関係者が自主的に積極的にここに書き込みました。
子どもたちによる「Pray for Japan」Tシャツのチャリティー販売もありました。
国や人種を超えてみなが痛みを分かち合ってくれている、と感じました。
そんな想いをペブルの編みぐるみが代弁してくれるような気がしてきました。
『このぬいぐるみを編んでいる
バングラデシュのお母さんたちも日本人を応援しています。』
『このぬいぐるみが作られている国、バングラデシュでは
多くの人たちが日本のことを応援しています。』
バングラデシュからの応援メッセージとして、
編みぐるみと共に想いを伝えたい、
というのが「おもちゃプレゼント」の動機です。
被災地の子どもにモノをプレゼントすることについては、
被災地の子どもたちに物を送るのはどうなのか?
被災地では全国から送られた多くのモノがあふれている。
一方的に送りつけるのは送る人間の自己満足ではないのか?
など、実に冷静に、そして納得できる指摘がされる中、
あえてプレゼントというのはどうなのか?という思いもありますが、
モノをあげて満足し終わりにするのではなく、
ここからバングラデシュと南三陸町の小さな繋がりが始まる
きっかけになれば、という思いで送ります。
~南三陸町のお母さんたちへ応援メッセージを~
小さい子どもを持つ「バングラデシュのお母さんたち」が作った手編みのおもちゃを、
南三陸町で復興に頑張る「南三陸町のお母さんたち」とその子どもたちに送って、
バングラデシュからの応援メッセージとしたい!
と思い立ち、ペブルのおもちゃをプレゼントすることにしました。
2011年3月11日、東日本大震災の起こった日、
私たち家族はバングラデシュのダッカに滞在していました。
5歳の娘は肺炎で病院に入院していて、
病室のテレビでNHKの海外放送を見ていたので、
ほぼリアルタイムで津波の衝撃的な映像を見ました。
日本国内にいれば続々と入るニュースや、水不足、電池不足、停電など、
まさに肌で感じる大災害だったに違いありません。
けれども、震災当日もその後もずっとダッカ生活が続いていた私にとって、
東日本大震災は日本の外で間接的にしか関わっていない、
実体験ではないもの、になっています。
母国で起こった出来事に「痛みを感じない」訳がありません。
でも、その時そこにいなかったという1点で、
私は、震災のあった「日本」という国から来た、
「日本国外に住む」「日本人」という立場から震災を見ることになりました。
震災直後から周りのバングラデシュ人の多くから
「あなたの日本の家族は大丈夫なのか?」
「震災のニュースは本当に悲しい、でも日本人はきっと乗り越えられると思う。」
「日本の復興を応援している」
「日本はバングラデシュにとって大切な存在」
という励ましの言葉をもらいました。
知り合いでないバングラデシュ人も、私が日本人だとわかると、
とても心配してくれ、そして応援してくれました。
また周囲にいる外国人からも同様に励まされました。
子どもが通うインターナショナル・スクールでは、学校の玄関ホールに
「日本への応援メッセージ」を書くスペースが設けられ、
先生や生徒そして保護者を含めた関係者が自主的に積極的にここに書き込みました。
子どもたちによる「Pray for Japan」Tシャツのチャリティー販売もありました。
国や人種を超えてみなが痛みを分かち合ってくれている、と感じました。
そんな想いをペブルの編みぐるみが代弁してくれるような気がしてきました。
『このぬいぐるみを編んでいる
バングラデシュのお母さんたちも日本人を応援しています。』
『このぬいぐるみが作られている国、バングラデシュでは
多くの人たちが日本のことを応援しています。』
バングラデシュからの応援メッセージとして、
編みぐるみと共に想いを伝えたい、
というのが「おもちゃプレゼント」の動機です。
被災地の子どもにモノをプレゼントすることについては、
被災地の子どもたちに物を送るのはどうなのか?
被災地では全国から送られた多くのモノがあふれている。
一方的に送りつけるのは送る人間の自己満足ではないのか?
など、実に冷静に、そして納得できる指摘がされる中、
あえてプレゼントというのはどうなのか?という思いもありますが、
モノをあげて満足し終わりにするのではなく、
ここからバングラデシュと南三陸町の小さな繋がりが始まる
きっかけになれば、という思いで送ります。